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カテゴリー「映画・テレビ」の296件の記事

2017年10月12日 (木)

人生フルーツを見てきました!!

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『人生フルーツ』をみてきました。個人的ランクA+。もう、ぜひ多くの人にみてもらいたい映画です!ドキュメンタリーです!公式サイトはこちら


名古屋の北にある、高蔵寺ニュータウンの設計に関わった方の夫婦の物語で、実話です。ドキュメンタリーですから!


もし、霊的な勉強をされている方で、『アナスタシア』シリーズを読まれている方なら、この映画は必須です‼️‼️なぜって、『アナスタシア』、私が今生きているであろう霊的人物で、もっとも尊敬している『アナスタシア』が述べている、ダーチュニク(個人菜園)および、各家庭は自分の土地を持ち、そこで木々や果物、野菜を育てるようにという彼女の教えと(ほぼ)全く同じことを、この津端さんご夫婦、特に旦那さんが行われているのですよ!『アナスタシア』シリーズを全く知らない人には、私がなぜこんなにも感動し、興奮しているのか全く理解できないでしょう。ですが、『アナスタシア』シリーズを読んで、霊的な勉強をしている人なら、この映画はものすごく、その心に響くはずです。津端さん、特にご主人は、自力であの霊的な解釈を得たのか、それとも『アナスタシア』に関わる人と同調してその情報を得たのか、それはわかりません。ですが、大宇宙が発しているのと同じ波長を得ることができるなら、もしくは魂の発達度合いが現代人より高度なら、津端さんや『アナスタシア』と全く同じ結論に至ることは、決して荒唐無稽なことではあり得ないと断言できます。意味わからない人は、ここでこのサイトを離れてください。理由?理解できないことを、これ以上読んだところで、何一つ学ぶことがないからです霊的理解は、それを受け取る人間が、その準備ができるまでそれを受け取ることができないのです。もし、偶然私のサイトにアクセスし、霊的なことを読むことがあったら、それは『学びの時が来た』ということです。すべてのことには『時期』があり、それは『完璧』に起きます。偶然とおもうような時に私のサイトにアクセスし、霊的なことを読んだのなら、それは『学ぶべき時に出会った』と断言できるのです。このことも理解できないのなら、即刻このサイトを離れることをおすすめします。これ以上読むのは、時間の無駄ですから。逆に、これ以上を読むつもりなら、偶然という物は存在しないということ、学ぶときに学ぶべきサイトに導かれた、ということを、真摯に受け止めなくてはいけません。


津端さんの旦那さん、個人的に、素晴らしすぎる!ご存命の時に、ぜひお目にかかって話をしたかったと心底思いました。それほど彼が自分の家のみならず、高蔵寺ニュータウンにしようとしていたことが、素晴らしかったのです。高蔵寺ニュータウンも、結局、彼の素晴らしいアイディアも、最終のマスタープラン通り、高蔵寺ニュータウンには反映されませんでした。もし、彼の意思通り反映されていたら、今のように高蔵寺ニュータウンが過疎化することもなく、世代を経ても人間が住んでいることでしょう。いつでも必ず、素晴らしいアイディアを潰す輩が出てくるのです、現代では。それが妬みからなのか、低すぎる霊性と、その卑しい人格のために、多くの人たちにもたらす福音とも呼べるアイディアを潰す馬鹿どもが多すぎるのですよ。


津端さんは、どうやって『アナスタシア』と同じ結論に至ったのか、そこをお伺いしたかったと心底思います。直感なのか?瞑想をしたのか?ドキュメンタリーの人たちはそこまでの考えがなかったようで、一言も『アナスタシア』の言葉がなかったです。もし、取材者が『アナスタシア』のことを知っていたのなら、津端さんに問わないことはあり得ないと思います。それぐらい、『アナスタシア』と津端さんの考えが同一しているのです。再度書きます。私のいっていることがわからない人は、ぜひ、『アナスタシア』シリーズを読んでほしいと切に思います。読んで理解できれば、私の書いていることを理解できるはずです。


津端さんの旦那さんが書かれているとおり、(人生の終わりに)人生最高の仕事をもらうことができた、というくだり。自営業として、専門職として、心底うらやましく思いました。今でも私は、一つ一つの依頼を、人生最後の仕事として承っています。ですが、彼ほどの信念を持ってやっているだろうか?どこかで、『また仕事が得られるはずだ』と思っていないだろうか?と自問せずにはいられませんでした。私も、死ぬときに、旦那さんのように満足しきった顔で死んでいきたい、と心底思いました。それぐらい、彼の死に顔は美しかったのです!!私も、あんな死に顔を浮かべたまま死んでいきたい。心底そう思います。理解できない人、あなたはどういう死に顔をしたいですか?あなたは、今の仕事に、生き様に十二分に満足していますか?そういうことを私は問うているのですよ!


風の通り、自然の、雑木林の存在がどれほど人間に影響を与えるのか?それを彼は直感的に、それとも経験や勉強を通して理解したのでしょうか、その『知恵』を住宅や都市のデザインに見事に反映させているのです。問題は、彼の偉大さを現代人も、当時の役人たちも、誰一人理解できないほどの大馬鹿者だったということ!彼の家の裏山を、当時ハゲ山だったのに、今ではドングリの木が生い茂る雑木林の山に変えたのは、彼の行動だったのです。自然と人間を切り離しては、人間は生きてゆけない、ということを、都市計画にまで反映させたのは、彼が初めてだったのではないでしょうか?再度書きますが、そのことを理解できた人間は、当時誰一人いなかったのです。


プラスチックも金属も駄目。自然の物である木による製品をずっと使い続けてきた津端さんの旦那さん、私は心底共感しました。直感的に理解していたのだろうと感じました。金属は地球を傷つけて得たものであり、木の製品なら、木と人間のお互いの交流があってできたものだ、という真実を得ていたのでしょう。


結婚に大失敗をしている私からしても、津端さんご夫婦は理想そのものでした。月収4万円の時代に、70万円(だったと思いました)のヨットを旦那さんが購入を決めても、奥さんは何も言わずに裏から支えたという事実。時代が、妻は夫には従うものだということを強制していたとしても、そうそうできなかったはずです。ですが、奥さんは無心に夫を支えました。一度として、夫のしたいことに対して文句を言ったことがないということ。あぁ、私の経験とは正反対。だからでしょうか、津端さんご夫婦の、お互いを思いやる笑顔がものすごく美しいのです。心底、こんなふうに自分の生涯の連れ合いと出会え、結婚でき、同じ時を過ごせたら。こんなにうらやましいことはありません。私ももっと当時賢かったら、現実から逃げようとしなければ、こんなにつらいことを経験せずにすんだのかもしれません。意味わからない?わからないなら、それでいいですよ。わからない人は、まだその時期が来ていないだけのことです。彼の奥さんと相対して、今の女どもはどうですか?自分の身勝手な主張しかしていないではないでしょうか?本当に、相手の気持ちをくみ取った上での発言や行動をしていますか?と問いたい。


この映画を何度も見逃して、ようやく今回、名古屋ミッドランドで上映しているのを見ることができました。この幸運に、神への感謝以外あり得ません。


ぜひ、多くの人に見てもらいたいです。そして、自然とは?人間とは?夫婦とは?そのおのおのの関係性まで、考えてもらいたいと切に願います。


津端さんの最後の作品である、佐賀県伊万里市の『山のサナーレ・クリニック』、このような場所で人生最後の場面を迎えられるのなら、こんなに幸運なことはないと断言できます。この映画を見て、それでもわたしのこの言葉に反論を得るなら、そういう人はどういう場所で死にたいのか?と心底問いたいです。私も独り身、最後は山のサナーレ・クリニックのようなところで看取ってもらえたら、こんなに幸運なことはないといえます。『山のサナーレ・クリニック』、計画の最終段階で、津端さんの助言を得ることができたこと、まさに縁としか言い様がありません。その縁のおかげで、入居者の患者さんたちには、今後素晴らしい回復の機会を与えることが可能なのですから!劇中で言われます。高度経済成長期とその後を通じて、人間の心を壊してしまった人がとても多い、と。高度経済成長期と糞安倍政権になてってからの現在、人間の気持ちや心という物を、あまりにも蔑ろにし過ぎてきたツケが来ているとしか思えないのです。人間の感情を疎かにするということは、人間自体を無碍にしていることと同意です。このことをどれだけの日本人が理解しているのか?と問いたい。


この映画、万人にお勧めしします。金儲けのことしか頭にない中日本興業が、あの名古屋駅前のミッドランドで上映するほどなのです。この際、大馬鹿な中日本興業には金を儲けさせてやり、そしてこの素晴らしい作品を見た方は、霊的な学びをすればいいのです。本当に素晴らしい作品です!現在、ミッドランドで上映しているほかのくだらない作品を見るぐらいなら、この映画を見る方が、ずっとためになります!


津端さんのお言葉、

『できるものから、ちいさく、コツコツ。ときをためて、ゆっくり。』

実に素晴らしいお言葉です‼️‼️この言葉の意味を理解できる人間が、今の日本にどれほどいるのか?と問いたいです。私自身に残された時間はそう長くはないですが、それでも、津端さんのお言葉を心に深く刻み、焦らずに、コツコツと、一つ一つの仕事をしっかり、全身全霊を込めて、今以上に邁進したいと心底思いました。

2017年10月11日 (水)

RE:BORNを見てきました。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『RE:BORN』を見てきました。個人的ランクC+。公式サイトはこちら


日本製のアクション映画です。ただ、そのアクションが実に良い!👍🏻ストーリー云々はこの際置いておいて、とにかくアクション!いやぁ、堪能しました。もう、冒頭からアクションの連続ですから。あ、結構血が飛び散りますので、血に弱い人はやめておいた方が良いでしょうね。


もうここ名古屋では上映終了しています。あ〜、もうちょっと長く上映してほしかったような・・・。公式サイトでは、これから上映される映画館が載っていますので、近場の方でアクション映画が好きな方なら、一押しです!


特に、銃撃ではなくCQC格闘術がメインです。ですので、格闘術に興味がある方は是非!


きれいな女優さんであっても、無残に殺されます。いやぁ、監督、良い仕事するわぁ〜。😍


敵の大将が、あの大塚明夫さん!!あの大声優ですよ!あの渋い声で、渋い演技をされます。事前情報を全く持たないまま見たので、驚きました。あれ?!この声は大塚さんじゃないか!と。


見ていて「ん?!」と思ってしまったのが、敵のアビスを演じた俳優さん。(お名前が公式サイトで出てこないのでわからないです〜。)彼が私の友人そっくり!顔を全部出すことがないので確証はないのですが、目や口、特に目が友人にそっくり。もしかして私の友人が俳優として出ているの?!と。う〜ん、まさかとは思いますが、一度聞いてみなくては。ずいぶんご無沙汰しているし、近況報告をかねて。


DVD発売も決定したようです。見る人をかなり選びますが、アクションシーンをスローで見たいので、ポチってしまいそうです。うむむ・・・。

2017年10月10日 (火)

ユリゴコロをみてきました。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『ユリゴコロ』をみてきました。個人的ランクC-。公式サイトはこちら。


以下、少々ネタバレを含みます。映画を見る前に少しでもネタバレを知りたくないのなら、読まないように願います。






























































サイコパスの起こした殺人とその家族の物語、と単純には捉えられないかなぁ?と感じました。ですが、サイコパスの感情面というか、『他者への共感力がない』ことを、子役の子たちもうまく表現していたと思います。ただただ、自分の欲望を満たすためだけに、他者を傷つける(殺す)。サイコパスの恐ろしいところはここです。他者がどう感じるか?どう思うか?という、他者への共感力の欠如故、自分の欲望を満たすことだけを求めます。まだ記憶に新しい、名古屋大学の女子学生による殺人や佐世保の女子高校生による殺人も、彼女たちがサイコパス故起こった事件と私は捉えています。他者への共感力欠如以外、知性も知能も普通なのです。いや、普通の人よりそれらは高いとすらいえます。そういう点では、学歴はいいと思いますよ?ですが、そういう『一般的には、よい子』が、その深層では他者を傷つけてでも自分の欲望を満たしたい、という恐ろしい欲望が渦巻いているかもしれないのです。一見しただけではそれがわからないからこそ、サイコパスというのは怖いと。


劇中、幼いヒロインが、ミルク飲み人形を母親に買ってもらいます。そのミルク飲み人形に、普通なら口からミルクを飲ませるところを、排水穴である股間から注ぎ、口からミルクを出すシーンにこの映画一番の恐怖を感じました。人形は人間の依り代です。その人形に対してする行為は、生きている人間に対してする行為ともいえます。このシーン、笑いながら行うのです。笑うということは、その行為を楽しんでいるということです。それ故、余計に恐怖を感じました。


ヒロインの吉高由里子さん、いやぁ、目が笑っていない演技が非常によかったです。いい感じでサイコパスを演じられています。美人だけど実はサイコパス・・・。ブルブル・・・。😱その彼女が娼婦になってから、セックスを『解剖』と呼ぶのが、これまたなんともいえず。セックスは言葉を超えるコミュニケーションだと思っていますが、それを『解剖』と呼ぶということからも、他者への共感を全く持っていないという証明かと。言葉でもこうしてサイコパスの考え方を表している、というのは高評価できます。


松坂桃李さん、相変わらずいい演技をされますね〜。自分が彼と同じ立場で、実の親がサイコパスだとわかったとき、それはどれほどの恐怖を感じるだろうか?と思わずにはいられませんでした。自らの出自を恨むのか?サイコパスである親を恨むのか?


ヒロインの夫を演じた松山ケンイチさん、よかったです〜。大学生の時の経験から人生が狂い、インポテンツになってしまったこと。その経験には、実はヒロインが関わっていたということ。(ここら辺は先が読めましたね。)教師になろうとしていた青年が、自分が助けようとした少年を、事故とはいえ殺してしまったという事実。これはもう、人生が一気に転落してしまうのは、致し方ないかと。劇中でも台詞で言いますが、ことあるごとに当時のことを思い出してしまい、まともに職にも就けない、眠れない、さらにEDになってしまったわけです。完全にPTSDです。ですが、そんな彼でも、ヒロインが側にいるときだけ悪夢を見ずに眠ることができる、安らぐことができる。私もある意味、PTSDを持っていますので、そのPTSDを一時でも忘れることができる存在がいるのなら、その相手をとても大切にしますわ。そんな彼がEDを克服して、妻となったヒロインとの初めてのセックスシーンは、ある意味感動を感じました。医療者としても、「よかった!よく回復した!」と素直に思ってしまいましたわ。ヒロインも初めて、「解剖とは全く違った」という台詞が入ります。生まれて初めて、お互いがお互いを受け入れたシーンなのではないか?と思います。


終盤はちょっと無理があったような感がします。どうやってヤクザの事務所を調べたのか?あれだけの人数をどうやって殺したのか?サイコパスとはいえ、さすがに無理があるのではないか?と少々感じましたけどね。ま、些細なことかもしれません。


この映画、サイコパスでも『愛を感じることができる』という『可能性』を描いたのではないだろうか?と思いました。ヒロインは息子を産み、夫と過ごすことで初めて『喜び』を感じて涙を流すシーン。私も娘と過ごした時を思い出して、思わず涙ぐんでしまいました。😢目の前で元気に成長している息子をみて、生まれて初めて喜びを感じて涙するシーンは、この映画の中で一番美しいと思います。


エンディングもよかったと思います。末期の夫の元に寄り添うヒロイン。二人が微笑みながら見つめ合うシーンは、やっぱり二人はお互いを愛し合っていたのだ、ということを非常にうまく表現していると思いました。


なかなかにいい恋愛映画だと思います。あなたの彼氏、彼女がサイコパスだったら?それでも相手を愛しますか?愛せますか?デート映画としては、少々難しいかもしれません。

2017年10月 9日 (月)

あさひなぐをみてきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


「あさひなぐ」をみてきました。個人的ランクD+。公式サイトはこちら


青春スポーツものです。私も武術を学んだものとして、そして薙刀術も一部学んでいますので、どうしてもみたかったのです。


乃木坂46?なにそれ?というほどのアイドルには疎い私です。事実、乃木坂46って、AKB48の亜種ということ?というほど、全く今のアイドルに無知の私です。ですので、アイドル目当てではこの映画を選んでいないことを、あえて述べておきます。でないと、私もドルオタの一人とみられたら非常に不本意なので。それなら、ホラー馬鹿とみられる方がずっとマシです!ですが、劇場はほとんどが若い男で占められていましたね。大学生ぐらいの。


主役の西野七瀬さん、よく努力されたなぁと。ですが、ポスターのあの握りはおかしいです。ま、初心者ということならしょうがないかも?と思わないでもないですが、やっぱり武術を学んだものからすると、あの握りは甘すぎてだめだよ、と。あの握りでは、一振りで握っている薙刀を落とします。私が学んだ武術では、握りはとても厳しく指導されました。特に親指。ここが甘いと、簡単に手の武器を落とされるのですよ。


鬼のように厳しい僧侶、寿慶を演じた江口のりこさん。彼女が使った技が、薙刀特有の技でした。ですが、この映画では、たった一回しか使われませんでした。そんなに使うことがないということ?それでも、薙刀術を一部とはいえ学んだものからすると、「おぉ!」というものでしたけど。学んだことのない人は、どういう技なのかもわからないでしょうけど。う〜ん、この映画の残念なのは、こういうところなのです。どういう技があって、剣道とは何が違い、薙刀特有の技って何?ということを見ている人に全く伝えていないのです。そこが一番残念!ですので、劇中、剣道の経験のある八十村がする動作が、なぜ剣道であって薙刀でないのか?ということが、全く伝わらないのです。これは監督と演出家が、剣道と薙刀の違いを十二分に理解していないのが原因でしょう。経験者から言わせてもらうと、薙刀は怖いです。あの間合いの変幻自在、剣とは全く違う、予測しない方向からの攻撃。これが薙刀です。この薙刀の魅力をほとんど伝えられていないのが、とてつもなく残念なのですよ!!監督と演出家が、もっと薙刀の魅力を理解していたら、この作品はとんでもなくおもしろい作品に仕上がっていたと思います。そうなれば、試合のシーンがもっともっと面白さを増したはずなのです。


コメディーとしては、『トリガール!』と比べると格段に落ちますね。『トリガール!』の方が、もっと笑わせてもらいましたから。やっぱり、監督の作り込みの甘さというか、薙刀への理解の浅さが原因でしょうか?


乃木坂46のファンなら見逃すことはないでしょう。武術を学んだものからすると、作り込みの甘さが目立って・・・。返す返すも、その点が惜しい!!あと、面をつけると、だれがだれだかほとんどわからなくなります。その点も惜しい・・・。


薙刀部の顧問が大笑いさせてくれます。こんな馬鹿な教師がいたら、その学校のレベルを疑いますけど。生徒からも馬鹿にされまくっているのにもかかわらず、己が道を突き進む教師は、ある意味、賞賛に値しますかね?一番笑いをとるのが、この教師です。😅


ふと思いましたが、薙刀の技術指導で全日本薙刀連盟が入っているようなのですが、剣道と同じく、今では薙刀もポイント制になっているのが問題なのかもしれません。技の切れや体裁きではなく、いち早く部位を打つだけが勝敗を決めるようでは・・・。そうなると、小さい動作で打ちやすい小手やスネを狙う動作ばかりになります。武術とは?武道とはなんぞや?ということを今一度考えた方がいいのでは?と思うのです。(武術は人を殺す技術です。武道はそうではなく、スポーツレベルまで落としています。そういう意味では、武道となっているものに、肉を切らせて骨を断つという、人の生死を判断させるのは難しいかもしれません。)正直、オリンピックの柔道(特に男子柔道)は、全くおもしろくも糞もないです。完全にポイント制になってしまっています。そこには技など何も存在していません。ポイントを取ったものが勝つという、レスリングと同じですわ。(だから外国選手の多くは、レスリング出身者が占めているのですわ。)技を決めて一本とって勝つ、という武道の心が無くなっているとしか言い様がないです。(武術なら、一本勝ちでなければ自分の命がない、ということです。)同時に、師範の方にも問題が。技だけ教えて心を教えていません。武道家としての心を教えない。これは全く無意味です。いや、無意味より質が悪い!技よりも心を教えるのが武道ですし、師範の務めです。この映画では、寿慶がその心を教えようとします。(が、成功していませんね〜。いかんせん、1週間では短すぎます。)


笑いもそこそこ、美少女たちのスポ根ものがみたければ、現状これだけです。

2017年10月 8日 (日)

ソウル・ステーション パンデミックを見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『ソウル・ステーション パンデミック』をみてきました。個人的ランクC-。公式サイトはこちら


『新感染 ファイナルエクスプレス』の前日譚に当たるアニメ映画です。


まず、アニメのできですが、日本のアニメに比べるとまだまだです。正直、最低でも30年以上前のアニメか?と思う程度です。絵のきれいさ、動きのスムーズさなどなど、日本のアニメはやっぱりすごいわと改めて感じます。20年以上前の日本のTVアニメの方が、ずっと絵も動きも素晴らしいことに驚きを感じます。同時に、声優さんの技量の差も如実に感じます。日本のアニメ文化って、本当に世界随一だと断言してもいいと思います。(にもかかわらず、未だに日本社会では、アニメや漫画はサブカルチャーとして、低く捉えられていますよね〜。なぜ??諸外国では、日本のアニメはすごい評価を受けているというのに。)


絵とアニメの出来とは全く逆に、ストーリーはかなりいいできばえです!公式サイトにもあるように、社会の底辺にいる庶民の魂の叫び、私も同じく社会の底辺にいるので、この映画に共感してしまいました。韓国も、日本も、いや他の国はどこでもそうなのでしょうね。いつも底辺にいる人たちが、一番被害を被る、ということ。この映画では、もう冒頭から韓国社会の歪みを描き出しています。映画故の誇張とは、ちょっと考えにくいですね、韓国という国柄を考えると。


元風俗嬢のヘスンがヒロインで、ホームレスのおじさんがヒーローです。『ファイナルエクスプレス』同様、容赦なく人が死んでいきます。ある特定の人だけが生き残る、ということはないのです、現実として。それをこの監督は非常にうまく描いています。えぇ、ヒーロー、ヒロインだから最後まで生き残るわけないですよ〜。


ヒロインのヘスン、ひもの男にいいように振り回されます。おいおい、家出をした後に、様々な馬鹿な男たちにいいように利用されてきたんでしょ?なぜ学ばない?なぜ反省しない?このヒロインには、私は全く共感できませんでしたわ。それよりも、ホームレスの主役の方には、感情移入しまくりました。なぜって?この主役は叫びます。

「国のために尽くしてきたが、国は一体何を俺たちにしてくれたんだ?!」

と。ほとんどの国でそうなのでしょうけど、国があるから国民がいるわけじゃないのですよ。この点を多くの国の政府も政治屋たち、そして何より国民自身が勘違いしています。民がいるから国が存在しているのです。民がいないのに、国が存在するわけがない!ということは、国は民がいるから存在しているのだから、民に尽くして尽くして尽くしまくるのが国(政府)という物のはずです。この原点を勘違いしているから、おかしな社会に、政府になるのです!再度書きますが、民がいるから国が成り立つのです!!


再度書きますが、ストーリー展開が非常にいいのです。テンポが速く、全く飽きさせません。人間関係もうまく描いています。最後のカタストロフィーが、ホラー映画としては実にいい!こういう救いのないエンディングを迎えるホラー映画って、個人的に大好きなんですよ。救いのあるエンディングを迎えるホラー映画って、つまらないですよね?意味わかりませんか?


このストーリーで、後はアニメの作画技術と声優の技術が日本並みになったら、この映画はすごい作品になったのではなかろうか?と思います。日本のアニメ会社でリメイクしてくれないかなぁ?個人的には、村瀬修功監督でお願いしたい!虐殺器官で見せた、あの素晴らしさでリメイクしてくれたら、この映画は化けると思います。


ホラー映画というと、最近は女性の観客が増えていてうれしかったのですが、この作品はアニメホラーだからなのか、昼間の上映だったからなのか、女性観客がいませんでした。はい、全員野郎ばかり。う〜ん、なぜ??


ホラー映画が好きなら、アニメ作画はあまりよくありませんが、ストーリー展開だけでこれを選んでも損はしません!いいホラー映画です!

2017年10月 7日 (土)

おクジラさま ふたつの正義の物語を見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『おクジラさま ふたつの正義の物語』を見てきました。個人的ランクB+。公式サイトはこちら


考えさせられます!何も考えずに見てすむ映画ではないのです、これは。『カメジロー』と同じです。見ながら考え、見終わってからも考えなくてはいけない映画です。公式サイトにも書かれているように、

嫌いなヒトをスッキリ排除しますか?それとも、一緒に生きていきますか?

ということを。今の日本は、本当にひどいですわ。糞安倍政権、小池、共に『自分の意見に同意しないのなら排除する』ということを実行しているのですからね。


この映画、価値観の違いをどう乗り越えていくのがよいのか?ということを、考えさせてくれます。今の日本、そんなことを考える人って、ほとんどいませんでしょ?人を相手にする職業なら、少しは価値観の違いをどう乗り越えようか?と考えることが多いと思いますが、大企業などで歯車の一つになってしまっている場合、そんなことを考えることは一切ないでしょうね。


しかし、改めてシーシェパードというのは、経済テロリストだなぁと。この映画でも、今、捕らわれているイルカを逃がすなら、どのぐらいのお金が欲しい?そのお金を世界から寄付で集めて払うから、と言います。何だこの理論は?と思っていたら、太地町の漁師さんが反論しました。シーシェパードのやつが、自分で働いて得た金を渡すから逃がしてほしいというのなら、まだ考えもするが、赤の他人の金を寄付として受け、それを渡すから逃がしてほしいというのはおかしいだろ、と。まったくもって、私と同意見です。この映画に出るシーシェパードの代表としてきているスコットとその高校生の娘、後にシーシェパードを脱退したとエンドロールで出ました。彼らもシーシェパードの言っていること、行っていることがどうにもおかしいと気がついたのでしょう。しかしこの娘、3ヶ月も高校を休んでいいのだろうか?と、人ごとながら心配しちゃいましたよ。まぁ、まだ高校生。おこちゃまです。(アメリカでこの目で見てきていますが、向こうの普通の高校生って、本当にお馬鹿さんです。日本の中学生かそれ以下のレベルと感じましたわ。)自分で考えて行動しているというより、父親の行動をそのまま真似ているだけの感が非常にしました。


イルカやクジラだけが人間同様に賢い、となぜ言い切れる?牛や羊は賢くないのか?芸を覚えないから賢くないと言い切れるのか?脳の大きさがその生き物の知性を表すというのなら、人間はほかの大型野生動物と比べてもそんなに変わらないかもしれないのに。この映画の中で、アメリカのTVで、ある女性が『アメリカの価値観を、太地町に押しつけているのでは?』と問いかけたシーンがありましたが、すぐその後に、『海洋生物に国籍はない!』と男が反論していました。なら、アメリカ国内の牛はアメリカの国籍があるとでも?国籍があるから殺してもいい?なんていうか、アメリカという国の傲慢さがすごく感じられました。


イルカの屠殺シーンを見せないようにしていることに対して、シーシェパードは、非常に残虐な殺し方をしているからだと言い放ちます。対して、太地町は、ならば牛や豚の屠殺シーンを周りに見せつけながらしているのか、と反論しますが、全くもってその通り。私自身は、ここでもシーシェパードが、自分たちに都合のよいように勝手に解釈し、それを報道したとしか思えないわけで。


驚いたのが、右翼としか思えない中平という人物だけが、片言英語でシーシェパードと太地町に、お互いに話し合おうと言い続けたこと。これが一番驚いたことでした。ですが、後に両者の話し合いがもたれたときに、この中平という輩がその場を取り仕切ります。なぜ?こういうときに、『自分の手柄で話し合いの場が持たれたのだから、取り仕切るのは当たり前だ』という態度が見え見えだし、右翼の地が出てましたわ。こういうときに、話し合いの場が持たれたことはよかったと、自分が取り仕切る場に出るのではなく、陰から見守るのが人徳というものですわ。取材に来ていたマスコミは、『何だこの右翼は!?何偉そうに仕切っていやがるんだ?』というのが正直な感想だったわけですから。途中までよかったのに、締めで地が出てしまった、ということです。この会合は意味あるものだったのだろうか?私から見た限りでは、結局物別れに終わったとしか見えなかったです。シーシェパード側は、最初から太地町のしていることが悪だと決めつけているし、太地町の人たちは意固地になってしまっているし。まぁ、そりゃ意固地にもなりますわ。世界中からやり玉に挙がったわけですから。


現代、インターネットをどう使うか?で、社会の反応が段違いです。シーシェパードはリアルタイムで配信しますが、太地町はよくて年一回のホームページ更新。情報の新しさと量が違いすぎるのです。海外メディアは、太地町までわざわざ来てインタビューや取材をしません。(この態度がすでにマスコミとして失格だと思います。いわれていることが真実かどうかを確認するためには、現地に足を運ばなくてはならないはずです。)使う素材はどうしてもシーシェパードが配信したものになってしまいます。そうなると、シーシェパードの思想を流すことになるので、それをみた民衆はシーシェパードの思想に染まることになります。太地町の言い分や思いは、全く世界に届いていないのです。私からみると、太地町に対して反発している人たちは、シーシェパードの思想をそのまま受け止めて、何ら自分の頭で考えることをせずに、シーシェパードの思想に賛同しているとしか感じませんでした。自分の頭で考えようよ、本当にもう!両者、シーシェパードの言い分、そして太地町の言い分の両方を聞き、その上で自分の考えを組み立てようよ。片一方の言葉を聞かないで騒ぎ立てるのは、不公平といいませんか?と私はいいたい。


太地町の漁師さんたち、イルカ漁や鯨漁しか知らない、できないわけで。その人たちに、今すぐ漁をやめて別の職業に就けというのは、暴言です。持続的な資源としてイルカや鯨を考えるなら、漁制限をして取り過ぎないようにすればいいだけのことではないですか?持続的にイルカや鯨の数が増えるようにしておけば、絶滅しないようにすれば、問題ないのではないでしょうか?第一、太地町の漁師さんたちは、絶滅危惧種のイルカを一切捕獲していません。しかもさすが漁師というべきか、双眼鏡でみただけでイルカの種類を見分けます。


捕獲したイルカを水族館に売るのもだめだ、という意見もまぁ、もっともかなとは思います。ですが、水族館にイルカがいるから、わざわざイルカウォッチングのために、結構な旅費を支払って見に行かなくても、子供たちに生きているイルカを見せることができるのです。特に、私のような貧乏人にとっては、大変助かります。水族館で生きているイルカをみられなくなったとしたら、高額の旅費を払って野生のイルカを見に行くしかなくなりますが、その費用を捻出することができません。ということはなに?貧乏人はどこにも行くな、ということになりませんか?金持ち連中だけが、野生のイルカをみることができればいい、ということですか?動物園はどうなんです?動物園の動物たちも、水族館のイルカと同じくかわいそうとは思わないわけですか?サーカスの動物たちは?なぜ、イルカや鯨だけをかわいそうというわけですか?


この映画も多くの人に見てもらいたいです。そして、『自分の頭で考えてもらいたい』と切に願います。どちらが正しい、間違っているという二分論という単純なことじゃないのです。どうやって、自分とは考え方の違う人の意見を受け止めていこうか?ということなのです。

2017年10月 6日 (金)

米軍が最も恐れた男 その名は、カメジローを見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』を見てきました。個人的ランクA+!!公式サイトはこちら


実に、実に素晴らしいドキュメンタリー映画です。事実だからこそ、ここまで素晴らしい映画になったと思います。これは『必ず見に行け!』という映画です!!


『不屈』。アメリカ軍とアメリカ政府に何をされても、決してくじけない。自分の信念を貫き通した瀬長亀治郎さんのその強さを、私も見習いたいと切に思いました。


それにつけても、アメリカ軍とアメリカ政府が彼にしたことに対しては、腹が立つ以外何もありませんわ!やり方が実に汚い!!ですが、結局アメリカ軍も、アメリカ政府も負けるわけです、彼一人に。たった一人の人間に、負けたわけです。ありとあらゆる汚い手を使っていても、それが不正であれば、それは必ず広く他の人たちに知ることになり、結果として汚い手を使った輩が自ら滅ぶ。これって、もう天啓と思えて仕方がないです。自分たちのわがままを通すためだけに、他の人たちを苦しめたツケは、必ずそれを行った悪徳な輩たちに跳ね返る、ということなのです。まさに、因果応報です。他者にしたことは、必ずそれは巡り巡って自分に跳ね返ってくるのです。良いことを他者にしたのなら、それはさらに大きな喜びとなって返ってきます。この映画は、この因果応報ということを、如実に、歴史資料とともに表したものなのです。


今でも、アメリカ軍とアメリカ政府は、当時と何ら変わりなく、沖縄の人たちを抑圧し続けているのです。それに加担しているのは、日本政府。特に自民党!ずっとずっと、沖縄の人たちだけに苦難を押しつけ続けてます。こんなことが許されるわけがない!このツケは、かなりのものになって日本政府に跳ね返るのです。それを被りたくなければ、今すぐにでも沖縄問題に真正面から取り組まなくてはいけないのですが、相変わらず糞安倍政権はのらりくらりと逃げています。抑圧され続けてきた人たちの恨みは、怖いのです。なぜ、こんな簡単なことを理解できないのか?理解しようとしないのか?まったくもって今の日本政府のやり方は、理解に苦しみます。というか、全く理解できませんわ。


馬鹿ばっかりのネット右翼、まさに無能の集団ですな。そういう馬鹿どもは、沖縄の人たちがなぜ今も基地反対と言い続けているのか、この映画を見て勉強しろよ、と強く言いたい。ネット右翼のどうしようもない馬鹿どもでも、記録映像で、彼らが戦後受け続けてきた、そして今も受けている差別と抑圧を見て、まだそれでも沖縄の人たちを小馬鹿にすることができるのか?ということです。座り込みをしている人たちは金をもらってやっているとか、中国や韓国からの回し者だとか、どうしてそういうくだらない考えができるのか。まぁ、大馬鹿者だから、そういう事実とかけ離れた、全く勘違いな意見を平気でいえるのでしょう。私からすれば、ネット右翼のような大馬鹿者は、馬鹿なのだから黙っていろ、といいたいです。真実を知ろうともしない、むしろデマを平気で流すような魂の腐った輩は、口をつぐんでいろ、と。


亀治郎さんがとてもかっこいい。信念がしっかり通っていて、それが金や地位、肩書きや、アメリカからの理不尽な圧力にも決して曲がらなかった。これは惚れます。こういう男に、男は惚れます。いや、彼のような人間に惚れるというのが正しいです。彼が本当の政治家です。今の政治屋どもは政治家ではなく、金と権力がほしいだけの無能の人間が集まってできている、まさに烏合の衆です。亀治郎さんのような、本当の政治家が今の日本には必要なのですが、そんな人物、いやしないのが現実で・・・。結局、烏合の衆が、自分の権力をなんとか拡大しようとしたりして、お互いにつつき合っているだけなのが、今の日本の政治屋です。国民のことなんて、何一つまともに考えていない。


亀治郎さんが政治家として優れていたことを示す、もう一つの証拠がこの映画で述べられます。彼は、アメリカ政府と日本は、核の密約をするはずだ、とにらんでいましたが、果たして、事実はその通りでした。長年、日本に核を持ち込んではいないと言い放っていましたが、実際はアメリカ軍は核を日本に持ち込んでいましたから。そして、その密約が、当時の日本政府との間に交わした密約が証拠として出てきました。亀治郎さんは、アメリカ軍、アメリカ政府、そして日本政府がするであろう、小ずるい手法をすべて見通していたわけです。


衆議院で亀治郎さんが、時の総理の佐藤栄作をタジタジにさせる映像資料は、実に素晴らしいです。こういう気骨のある政治家が今はいない!曲がらない信念を持って、県民のためと、県民の代表者であるという誇りを持って議会で議論を行う。本来の政治家としては『当たり前』のことを、亀治郎さんは『当たり前に』行った人でした。今の政治屋どもはどうですか?そんな気骨もなければ、自分が『選んでもらった』という事実すらすぐに忘れ、手に入った金と権力をいかに維持し続けることだけを模索し続ける。こんな馬鹿どもが好んで政治屋になりたがるわけで。腐った馬鹿どもが政治屋になるのだから、当然政府も、国もおかしくなるわけです。


佐藤栄作が総理だった頃は、まだ自民党にも自浄作用があったようですが、今はそんな自浄作用なんて、言葉だけで一切機能していないです。佐藤栄作、亀治郎さんにどんどん突っ込まれて、タジタジになっても、野党だから、自民党員じゃないから、沖縄の人間だから等々のくだらないことで差別をしてませんでした。少なくとも、証拠映像の中では。野党の人にも真摯に対応し、彼はお互いのためにできるだけのことをしようと努力をしていました。


翻って、今の糞安倍政権はどうですか?糞安倍は、何度も『国民に丁寧に説明します』といっておきながら、一度としてそれを行ったことはありませんよ。一度たりとも!それどころか、国会が開かれると都合が悪いので、いきなり解散。いやはや、ここまで国民を馬鹿にし、国会を軽視した総理は、過去に存在しなかったです。森友、加計問題を追及されたら、逃げることができないという証拠です。なんら自分に落ち度がないというのであれば、素直に国会で質問に答えれば良いのです。国民に説明を丁寧にすれば良いのです。何もしないで逃げる。どう考えても、森友も加計も、糞安倍が関わっていたとしかいえない状況に、自ら示しています。馬鹿はこうして自らの尻尾を出すわけです。ですが、国民がそのことにどうもいまいち気がついていないような。マスコミも馬鹿ばっかだから、北朝鮮のことを出されればそちらにすぐ飛びつく。北朝鮮のことよりも、今は森友・加計問題の方が重大事項ですわ。そうそう、国民に不安を与え、それをさらにあおり、自分たちの都合のよいように国民をミスリードする手法、これってナチスが行ったことです。(実際はナチスだけではなく、どこの国の政府もやっていることですけどね。)そう、ナチス。麻生が大好きなナチスです。国民も、自分の頭で考えて行動していれば、今、北朝鮮問題をこれだけあおり、不安を増大させているのは『おかしい』と気がつくはずです。不安をあおって自分たちに都合のよいように持って行こうとしているのだ、と気がつくはずです。


公開二日目の最終を見に行ったのですが、終了後になんと、監督と亀治郎さんの次女の千尋さんが壇上に!写真撮影OKとのことで、私のiPhoneSEで撮ったものが以下です。フラッシュはだめだったのと、舞台まで遠いこと、レンズの大きいカメラではないのでこんなものです。あ〜、知っていたらカメラ持って行ったのに!

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いやぁ、帰り、監督のサイン入りのパンフを購入し、千尋さんから手渡していただけました!人間として心底尊敬できる方の次女の方とお目にかかれた。これだけですごくうれしかったです。😇


このドキュメンタリー映画、本当に素晴らしいです。日本の歴史の一ページです。これを知らないでいることは、日本人として恥ずかしいと思います。多くの人に見てもらいたい映画です!この映画で亀治郎さんが体験したこと、特に沖縄戦で被害に遭った市民の方々。それも、赤ちゃんの頭が銃弾で吹っ飛んでいて、その赤ちゃんを抱いたまま死んでいた若いお母さんの遺体を見たということ。私は、そんなご遺体を決して見たくないです。自分がそうなって死んでも全くかまいませんが、他者がそういうむごい死に方をされるのは、医療者としてやっぱり我慢ができません。そして、そんなむごい死に方をさせる戦争は、決してしてはいけないものなのです。あなたは、そんなご遺体を見たいですか?その若いお母さんは、もしかしたらあなたの娘さんかもしれませんし、赤ちゃんはあなたのお孫さんかもしれないのです。あなたの大切な人を、そんな目に遭わせたいですか?

2017年10月 5日 (木)

明日へ 戦争は罪悪である

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『明日へ 戦争は罪悪である』を見てきました。個人的ランクA-。公式サイトはこちら


すばらしい!実に素晴らしい映画でした!これは、多くの人にもてもらいたいです。


一死多生という、仏教の不殺生の根本原理に背く考えのもと、多くの若者たちを洗脳し(まさに洗脳です。ですが、当時は教育となっていましたね〜。教育という名を借りた洗脳です)、国のために死ねば、その魂は仏様の元にすぐに行けて安らかに過ごせる、と説き続けていたある僧侶が、どうして戦争は罪悪である!と訴えるようになったのか?というのが、この映画の見所です。


中国に日本が侵略を開始した頃、現代社会と同じく、日本経済は閉塞していたわけで。不況で民衆の鬱憤がどんどんたまってきているので、それを他国への侵略へという形で、自分たちの無能さを追求されないために政治屋たちが起こした戦争。ガス抜きのために起こした侵略戦争を、日本軍が『アジア諸国を救う聖戦』と洗脳し、国の将来を担う若者たちを死地に追いやった当時の政府。糞安倍政権が、数と一党独裁をいいことに、次々に可決させてしまったいつでも戦争ができる法案。まるっきり、侵略戦争を起こしたときの日本政府と同じです!このことに気がついた人は、それほど多くなかったわけで。戦争法案に対して反対していた人たちも、なによりマスコミも、時間の流れとともにすでに糞安倍がしたことを忘れつつあるという事実。どうしてこうも、日本人って忘れっぽいのでしょうか?


この映画でも、戦争は罪悪であると断言した僧侶が何度も言います。『世間で言っていることに流されずに、自分の頭で考えるんだ』と。これ、私が以前からブログで何度も書いていることと全く同じです。『自分の頭で考える』。このことの大切さを、この映画は説いているのです。実社会では、ほんと、ほとんどの人間が、自分の頭で物事を考えることを放棄しています。そして、他者のいう言葉を丸呑みして、それを自分の意見として、唯々諾々として従う。これはロボットです。生体アンドロイドです。人間ではありません。人間なら、自分の頭で考えて、その上で動きます。自分の考えもなく、他者の考えを丸呑みして動くのは、ロボット以外の何者でもありません。その結果が、糞安倍政権をやりたい放題やらせてしまい、この国が戦争直前の、きな臭い時代と全く同じ社会になっているというのに。この映画でも、そこら辺を非常にうまく描き出しています。介護士の女性に、落語の師匠が言います。『自分で考えなくてどうする!』と。現代日本人に一番欠如しているのが、コレデス。(企業や糞政府からすると、言いなりになって動いてくれるロボットの方が都合がいいわけですよね。自分の頭で考える人間は、逆らうので。都合が悪いわけです。)


映画の中で、落語の人情話をしますが、その途中部分だけでもう泣けてしまって。私の経験と重なるものですから、泣けて仕方がありませんでした。😭


当時の仏教界も、一死多生という間違った考えを多くの僧侶が信じ込んでいたんだなぁ、と。少しの死で多くの人が助かるのだから、この戦争は間違っていない、と。若者たちの死で、多くの人が助かるのだから、と。ほんと、不殺生を根本に掲げている仏教の本文から、これほどかけ離れたことはないはずです。人を救うはずの仏教を、逆に死に追いやることに使っていたわけで。あぁ、キリスト教も同じです。私がアメリカにいたときに参加したミサで、戦争を賛美する歌を皆が歌っていましたからね。本来の宗教は人を死に追いやるものじゃないはずですが、自分の頭でものを考えないように、無知な人を洗脳するための道具としては、宗教はいい洗脳兵器になります。その怖さをこの映画は描いています。


この僧侶が、まだ若い主人公に言います。『死ぬな。人を殺すな。逃げて逃げて逃げまくって、生きて帰ってこい』と。映画『ダンケルク』でも、なんとか生きて帰ってきた兵士たちに、盲目の老人が毛布を渡しながら言いました。『生きて帰ってきただけでいい』と。主人公も、洗脳通り、この戦争を聖戦と信じていましたが、実際の戦場は地獄以外の何物でもなく、帰ってきても毎晩戦場の悪夢にうなされる。PTSDです。人を狂わせるのが戦争です。以前も書きましたが、アフガニスタンやイラクに行ったアメリカ人兵士の多くがPTSDにかかり、毎年自殺者が2000人以上出ている事実。アメリカ軍も必死になって精神ケアプログラムを施していますが、その自殺者数増加を止めることには全く成功していません。いいですか?PTSDにかかるのは若い兵士たちです。政府の糞官僚や、軍の上層部は戦地に行くことも、最前線に出ることもないのでPTSDになることはあり得ません!戦争は八百長です。士官や政治屋どもは決してその戦争で死ぬことはなく、下っ端の兵士たちだけが死んだり、生きて帰ってきたとしても、その精神と心には深刻なダメージを負うのです。これのどこがフェアなんですかね?戦争を始めた輩どもはなんともないのに、洗脳され、国を守るためといって戦地に行った若者たちに待ち受けていた深刻なダメージ。やっぱりどう考えても、戦争なんて起こしてはいけませんし、参加してもいかんのです。


相手が武器を持っているから自分も武器を持って、というのは、子供のけんかなのですよ。同じレベルの、幼稚なガキのけんかです。本当の大人なら、武器を持っている相手に対して、説得しますよね?その説得することをせず、武器には武器で、というのは本当に幼稚です。そういう意味で、トランプも、金正恩も、糞安倍をはじめとする自民党も、同じ穴のムジナ、どいつもこいつも無能で幼稚なガキンチョということです。(ですが、明確な殺意を持って向かってくる相手に対して、説得だけでどうにかなるかどうか?という現実問題は確かに存在します。ですが、国対国なら、互いの武力を誇示して張り合うのではなく、対話による説得で対処すべきでしょう。)


ちょうど選挙が来ます。この映画見て、自分の頭で考えてほしいです。だれがこんな日本にしてしまったのか?だれが戦争を行える国にしようとしているのか?そして、そんなことをしようとしている、魂の腐った輩を選挙で選んでいいのだろうか?と。マスコミが、世間がこう言っているから、この人ならいいだろうではだめなのです!他者の意見に流されず、自分で情報を集め、その情報を分析し、自分で結果を出して、その結果に従って行動(投票)してください。

2017年10月 4日 (水)

HER MOTHER ハー・マザー 娘を殺した死刑囚との対話を見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『HER MOTHER ハー・マザー 娘を殺した死刑囚との対話』を見てきました。個人的ランクA-。公式サイトはこちら


実に考えさせられた映画でした。自分がこの母親の立場だったら、私は果たしてどういう行動をとるだろうか?大切な娘を殺した犯人に対して、死刑を望まないようになれるだろうか?殺すのは簡単だけど、そうではなく、なぜ娘を殺したのか?ということを、犯人を生かしたまま問い続けることを選べるだろうか?


この作品、この監督がとても素晴らしいと感じるのは、加害者、被害者、加害者の家族、被害者の家族のすべてをしっかり描いている点です。被害者だけ、加害者だけという、その方が簡単な内容になる焦点だけにせず、実際の事件ではかなり複雑なはずであり、その複雑な関係それぞれに焦点を当てているのがすごいし、素晴らしいと感じます。


冒頭、何気ない日常から始まります。そうなんですよね、日常がいきなり悪意ある他者によって非日常の地獄にたたき落とされることが突然起こりえる、ということを、多くの人が『自分(だけ)には起こらない』と、なぜかしら堅く信じているのです。自分にも、次の瞬間起こるかもしれないとは、全く考えていません。ある意味、うらやましいですが、私からすれば、よくそれだけ脳天気で、自分は特別なんだと思えるのか、不思議でなりません。


主人公である晴美の旦那が実にクズ!あっぱれなほど、現実にこういう旦那がほとんどだろうな、と思うことばかり。娘の結婚を反対していたのに、おまえの性でと一方的に責め立てる。あげく、妻から反論されたら暴力に訴えるという始末。見事なクズです。数年後、離婚していますが、また一緒に暮らさないか?と言い出したのには、見ていた私も心底びっくり!よくそんな台詞が言えたな、です。いやぁ、これまた現実には、こういう男が多いのでしょうね〜。しかもこの旦那、怪しげな新興宗教にはまって、「俺は犯人を許した」と言い放ちますが、そんな怪しげな新興宗教ごときのいっていることを真に受けているようでは、この旦那の人間性の薄っぺらさをより一層際立たせます。しかし、これもまた現実には、心の弱った人につけいる宗教が多いのも事実です。●●新聞を取ればがんが治りますと言われた等々、そういう実話を患者さんたちから耳にしていますよ。題目を何万回も唱えれば病気が治るとかね。映画でも、新興宗教の奴らは、聞き心地のよい言葉ばかりを並べ立てています。ですが、いざ自分がその立場になったら?ということを、全く想像していません。こいつらも、(素晴らしい宗教を信仰している)自分たちには、そんなことは起こらないし、起きて苦しんでいる人を救うことができると、馬鹿みたいに信じ込んでいるだけの、これまたクズです。共感力も想像力も欠如したクズみたいな人間が、苦しんでいる他者を救う?できるわけがない。それができるのは、同じ経験をした人か、共感力や想像力がしっかり備わっている人ぐらいです。


晴美の弟夫婦もこれまたクズ。被害者である姉を気遣っているふりをしながら、その実、晴美の土地を狙っているようで。自分たちに理解できない行動をとっている姉を、精神障害を起こしていると勝手に決めつけて。終盤では、無理矢理精神安定剤らしき薬を姉に飲ませようとまでします。弟夫婦は、自分たちのことしか考えていないんです。血縁があってもこうなる可能性が高いのです。むしろ、赤の他人の方がまだマシかも。


晴美が犯人の死刑を望まなくなったのは、晴美の理解者というか、話ができる相手がこの殺人犯しかいないからなのです。元旦那も、弟も、話し相手になりません。なぜって、前述の通り、彼女の考えを『理解しようとしない』相手と、どういう話ができると?死刑にしてしまったら、彼女は事件が起こってからのことを、話が通じる唯一の相手をなくしてしまうのです。そうなれば、自分が死ぬまで他人には理解されない、話を聞いてもらえない状態で過ごすことになります。これは恐怖でしょう。


犯人の母親の言葉も深かったです。「初めてあなた(晴美)の気持ちがわかりました」と言う台詞。人は、自分がその立場になって初めて他人の苦しみが理解できるという、とても悲しい生き物なのではないか?と思えて仕方がありません。本当なら、共感力や想像力で、他者の気持ちの万分の一でも感じ取れる、感じ取ろうとするのが本来の人間ではないか?と思います。どちらの能力も、現代人で持っている人は、ものすごく減っていると日々感じてます。それよりも、他人を蹴落としてでも、自分だけがいい目を見ればいいと考える、実に傲慢な人間ばかりがはびこっていますわ。


死刑制度云々については、何も追求していません。それよりも、被害者、加害者、そしてその家族の心理とその変化を味わってほしいです、この映画では。そして、自分だったらどうするだろうか?と考えてほしいです。あなたは、犯人だけが自分の気持ちも話も理解できるとわかっていて、それでも犯人の死刑を望みますか?本当に死刑にすることだけが、被害者を救うことになるのか?そのことを『自分のこととして』考えてほしいです。

2017年9月14日 (木)

散歩する侵略者を見てきました。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『散歩する侵略者』を見てきました。個人的ランクC+。公式サイトはこちら


いや、思ったより楽しめました。とにかく、各役者さんたちが非常にいい演技をしているからです!


冒頭から「ほほぅ!こうくるか!」と。意外と暴力シーンがありますので、そういったものがだめな人は、この映画は避けた方がいいかも?バイオレンス映画ではないので、ひどい暴力はないですよ。後でわかりますが、なぜ冒頭で金魚から始まるのか?これも、ほほ〜、そういうことだったのね、と。


でもこの映画は、SF(ちょっと)ホラーと言うべきではないか?と思います。サスペンスとはちょっと違うような・・・。


侵略の仕方がとてもおもしろい!人間の持つ『概念』を奪う。非常に抽象的ですが、人間ってこの概念が人間とか、社会を形作っているといえませんか?その概念を奪われたら、人はどうなる?社会は?おもしろい侵略の仕方だと思いません?記憶じゃないのですよ。記憶だと、その個人だけのものです。人類という大多数に対する、普遍的なものという意味では、人間の持つ『概念』を奪う、というのは理にかなっていると思います。全人類がおなじ概念を持っているわけではありませんが、少なくとも一つの国の国民なら同じ概念を持っている可能性が高いわけで。善悪というのではないのですよ。正直、善悪って概念なのか?善悪が概念なら、この侵略者が奪わなかった理由がなくなります。いや、侵略者にそもそも善悪というもの自体ないのと同時に、その善悪という抽象的なものに対する興味すらもないのでしょう。なにしろ、今の人類ですら、善悪という抽象的なものは、そのときそのとき、人それぞれころころ変わりますからね。普遍ではないのですよ、善悪って。普遍的な概念であるなら、ここまで人殺しや詐欺などがはびこるわけないです。


主演の長澤まさみさん、冒頭から怒りっぱなしです。劇中、怒っていないことの方が少ないと思えました。😓彼女と旦那(松田龍平さん)の夫婦関係の修復(?)もこの物語の重要な部分だと。さて、二人の関係はどうなるのか?は、劇場で。しかし、見ていて腹が立ったのは、彼女が仕事をもらっているデザイン会社の社長のセクハラ&パワハラ!!彼女が美人でフリーランスだから、仕事を『与えてやっているんだ』という立場だから、ということなのでしょうね。見ていて、『この糞が!』と腹が立って!フリーランスだからといってなめんなよ!です。人は、自分の立場が上(経済的、肩書きだけ、性別等々)だと思うと、どうしてこうも簡単に他者を見下すんでしょうね?この侵略者たちの方が、もしかしたら平等なのかもしれないと、ふと思いましたよ。


侵略者だけあって、人間のことなんてこれっぽっちも考えません。そうですね、例えるなら人間が蟻のことなんて何も考えていないようなものです。歩いているときに、わざわざ蟻をよけて歩きますか?気にしてませんでしょ?それと同じです。しかも、どうやら侵略者たちは、自分の命(という概念があるのかどうか?)すらも気にしてません。侵略者の本体は、人間の目には見えないエネルギー体なのか、精神体のようなものみたいです。悪霊が取り憑くみたいな、憑依ですね。この侵略者たちが人間から概念を奪い、蓄積し、その結果どうなったか?特に、松田龍平さん演ずる加瀬真治が妻(長澤まさみさん)からある概念をとったことで、侵略者たちがどうなったか?です。ここもおもしろかったんです。侵略者たちには、その概念がなかったわけですから。いや、もともと彼らは感情というものがないのではないか?その生命体のことを考えると、生物学的、生理学的見地から想像するとワクワクしますけど。彼らはどういう社会構造をとっているのか?とか。


ジャーナリスト役の長谷川博己さん、今作では終盤近くまで抑えた大人としての演技をしますが、その終盤で、はち切れた演技をしてくれます。そう、『地獄でなぜ悪い』の時のような、はち切れっぷり!いやぁ、彼の演技力に改めて感服しました。しかも、彼の演ずるジャーナリスト桜井が、良くも悪くも人間ってこういう風だよなぁと強く思わせてくれます。終盤近く、桜井がある場所で民衆に向かって叫びます。そして真実を告げるのですが、誰も聞く耳を持とうとしません。そして桜井ががっかりしながら言います。「そう、そうだよな。(自分の言い分を聞いて)動くわけないよな」。このシーンが妙に心に突き刺さりました。すぐ目の前に危険が迫っていても、動こうとしないのが日本人です。誰かが動いて、それにつられるように多くの人が動くようになってから、初めて動きます。まず自分から動こうとしないのですよ、日本人って!他人と違う行動をとることを極端にいやがる民族ですね、本当に。個ではなく、集団でしか動けないのか?自分の頭で考えて動く、と言うことをしません。ほーんと、まるで日本人って、生体アンドロイドと同じですわ。


女子高校生、立花あきら役の恒松さん、うん、なかなかによい演技でした。『人間ってこういうものなのか?』という雰囲気を、とてもうまく作っていたと思います。彼女の演技のおかげで特に思いましたね、この侵略者というのは感情というものがないんじゃないか?と。


この作品で一番不気味なのは、天野くん(高杉真宙さん)でしょうね。目的のためなら手段を全く問わない、まさに何を考えているのか人間には理解できない侵略者というのを、非常にうまく表現していると感じました。仲間に対しても、非常に淡々としています。もともとの侵略者に感情とかそういうものがなければ、こういう対応になるのだろうな、とは思いますが、それでも気味の悪さを感じずにはいられません。


久しぶりに小泉今日子が出演!医師役ですが、映画で見るのは久しぶりな気がします。『踊る大捜査線 The Movie』での猟奇殺人鬼役がすごく印象に残っているので、ある意味新鮮というか何というか。個人的には、踊る・・・の時のような、ああいう強烈な個性を持った役柄の方が、彼女に似合っているように思うのですが、いかがでしょう?


人類は侵略から生き残れるのか?それとも殲滅されてしまうのか?これはぜひ劇場で見てください。個人的には、あの終わり方は嫌いじゃないですが、もうちょっと説明がほしかったかも?と感じました。なぜ彼女がああなってしまったのか?と言うところに。だって、『○』は尽きないものですし。


見る人を選ぶかもしれませんが(SFですので)、内容はおもしろいと思います。人を人たらしめている『概念』が奪われる。あなたはどう感じるでしょうか?

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