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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の158件の記事

2017年11月 2日 (木)

大阪府立高校の髪染め強要は、人権無視ですわ

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


大阪の府立懐風館高校で、女子生徒が生まれつき髪の毛の色が薄いことに対して、髪染めの強要、さらに母子家庭だからと言うことまで揶揄されたようですね。それどころか、修学旅行も参加させられず、ほかの生徒たちには退学したと説明していたようですね。


全く、今の時代になってもこんな馬鹿な高校が存在しているのが、心底驚きますわ。あぁ、私のでた東○高校も、そう変わらなかったなぁ、と思ってしまいました。○郷高校も、髪の毛の色まで当時校則に書かれていたと記憶しています。とにかく規則規則。生徒の自主性なんてはなから存在せず、奴隷のように教師の、高校の言うことに従えという軍国主義高校でしたからね〜。今でも当時の教師に会ったら、その場で殴りつけたい(暴行になってしまうか・・・)ですわ。


でもこの懐風館高校、驚いたのが『金髪外国人留学生でも、規則だから黒く染めさせる』と言ったとか。おいおいおい、本当にどういう高校だ?!もし、本当に金髪留学生にまで強要したら、完全に人権侵害以外の何者でもありませんわ。この高校、校長からして人種差別主義者じゃないの?と思えてしまいます。人種差別する輩は、他人の人権など無視しますので。とにかく立場的弱者(生徒)を立場的強者(教師ども)が、自分たちの都合のよいようにコントロールしたくて仕方ない高校ですね。腐っているわ〜。


金髪外国人留学生でも規則だから染めさせる、というのであれば、逆の立場になったら、これを言い放った高校や教師はどうおもうか?です。例えば、丸坊主が規則になっている国に行ったら、この高校の教師や校長たちは丸坊主にするのか?ですわ。素直にその規則に従うのか?です。黒髪を金髪に脱色しろ、という規則なら、この被害に遭った女生徒のように、頭皮がボロボロになってでも脱色するのか?ということです。自分たちは何もしないくせに、立場の弱い生徒たちには強要する。本当に、こういう腐りきっている高校には腹が立って仕方がありません。この強要、私の高校時代と同じですから、余計に腹が立って仕方がないです。


府側は争うようですが、もしそうなら、府も馬鹿揃いじゃないの?と思いますね。自分の子供がそんな目に遭ったら、どう思う?ということです。この高校の教師どもも、自分の子供が同じ目に遭っても、規則だからと言って我慢するの?我慢できるの?


全く、今の日本は、本当に他者への寛容さがなくなっていますね。他者への非寛容さは、巡り巡って結局自分にすべて、しかも利子をつけて跳ね返ってくるのですけど。

2017年7月 8日 (土)

献血70回だとか

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


おぉ、一気にブログ更新ですね。やるときに一気にやる、というのが私のスタイル・・・。一部の、私のブログを定期的にチェックをされている希有な患者さんからすると、ブログが(定期的に)更新されていないと「死んでんじゃね?」と言われている私です。


さて、先日の献血で70回目ということで、表彰をしたいのですけど、と受付で言われました。は?なにそれ?というのが私の反応でした。


献血を私がするのは、私のような最低の輩でも、この血が苦しんでいる他者の役に立つのなら、この世に生きている意味が少し見えるな、という理由でしているのです。医療者として最低ですか?本当にそうですか?こう書く理由はですね、他者の善意で提供された献血を一番使う医師のほとんどが、献血をしたことがないという事実。さらに付け加えるなら、医師のほとんどが臓器移植の同意書(免許証の裏にありますよね?)にサインをしていないという事実を知ってもいえますか?私は鍼灸師になる前から臓器移植の同意書にサインしていますし、骨髄バンクにも登録しています。あ!この骨髄バンクに対して文句が言いたいことがあったのこと、書くのを忘れていました!これは書かなくては!医療者としてかなり腹が立ったので。


私は自分自身が最低の人間だと思っています。なぜ生きているのだろう?と思うぐらいです。そんな輩でも、なぜか気を感じることができる。そしてその能力で(実際は誰でもこの能力を持っています。ただ、その能力を磨く練習をするかどうかだけのことです)病に苦しんでいる他者を助けることができるのなら、この与えられた能力を使わないのは神への冒涜です。ならば、私が死ぬまで他者のためにこの与えられた能力を使い続けるのが使命。そして私の血でも他者を助ける可能性があるのなら、それを提供するのもまた使命と考えているだけです。


そういう考えで献血をしているのですが、今回合計で70回だとかで表彰式と景品授与に参加されますか?と。もうね、実にくだらない。私は、私の信念に従って献血をしているだけで、それを他者から「すごいね!(だから)表彰してあげるよ!景品もあげるよ!」と押しつけられるのが我慢なりません。


当然、辞退しました。要らないもの。表彰状も、景品も、そんなもの貰ったって、なんの役に立ちますか?最低限の、私の自尊心すら満たすどころか、その自尊心すら逆に傷つけるものです。


こう書くと、普通の人からすると、他者があなたの行動を認めてくれているのだから素直に受けたら?といわれますが、他者の評価などどうでもいいのです。私にとっては、「私自身が死ぬときに後悔したくない選択を、その瞬間瞬間に、迷いなく、霊的な教えに従ってなしえたかどうか?」の方が最上位に大切なのです。幼少時から私はひねくれ者でしたので。高校の時も、片道7km以上を歩いていました。バスもありましたし、自転車通学も認められていましたが拒否。理由は、一番近いバス停まで20分かかる。自転車通学なら、高校生にもなってヘルメット着用が強制。どちらも馬鹿らしかったので歩くのを選んだだけです。そう、完全な、自己満足です。ですが、高校2年の時、奇しくも2年間無欠席無遅刻ということになり、教師たちから祭り上げられてしまい、皆勤賞の総代となってしまいました。屈辱sign03(私が歩いて通学していたのをなぜ知っていたのか、そちらの方が疑問です。)私のいた高校は、生徒に人権を与えられなかった東○高校でしたので、拒否は始めからありません。(無理矢理)総代にされ、校長から賞状を受け取る羽目に。私個人は、かなり眉間にしわを寄せていたと思っていたのですが、あとで数少ない級友に聞くと、壇上から降りてくるときになぜか口元がにやついていたぞ、と。あれ?その性でしょうか、総代として受けた賞状を学年主任に渡したときににらまれたのは。う〜ん、にやついたように見えたのでしょうが、私としては自分の意思に反した行動をとっていることに腹を立てていたのですが、それが端から見るとニヤついていたと見えていたようです。まぁ、とにかく、昔から私は私が自分自身の自己満足のためにしたことを、他者から「すごい」と言われることが我慢ならない性格だということです。だから私のホームページにも、私のこの気を感じとれる能力は、誰でも練習すれば体得可能なのです、と書いているのです。それは事実であり、覆せないことだからですsign03


あぁ、もしかしたら死ぬ瞬間に、「しまった!この70回目の表彰を受けておけばよかった!」と思うかもしれませんけどね。あっはっは、まずありえませんけど。🤣


厳密に書くと、実際は100回を超えています、献血回数。なぜって、私が留学中にしたアメリカでの献血回数(その献血回数カードは手元にあるし、帰国して最初の献血の時にそう告げたけど)は『日本ではない』ということでカウントされていないからでーす。こういうところでも、差別を感じましたね〜。ちなみに、アメリカの献血は一回1パイント。約450mlです。日本の400mlより多いです。体格の違いでしょうね。今でも覚えていて笑えるのですが、アメフトの選手が献血直後にぶっ倒れたのをこの目で見ています。逆に私は、450ml献血直後、5分以上走って次の講義へと向かっています。男の方が血に弱いのは本当ですし、体格がいいから献血しても問題ない、という先入観は大間違いです。


あぁ、こう書いてきて、私のことを素直に表彰を受けない糞野郎と思いたい人はどうぞ。その評価でかまいません。あと、私は献血70回の表彰を受けた人をけなしていないことを忘れずに。表彰を受けたい人はどうぞ。私は受けたくない理由を書いただけですので。受けたい人は受ければいいだけのこと。受けた人・受けたい人をけなしてはいません。


性格がねじ曲がってますか?ん〜、そういう人間がいた方が、この腐った社会の調味料になりません?こんな私ですけども、私が心底集中し、努力したことは、他者から褒められると、むちゃくちゃうれしいです。例えば、最新(西洋)医療についてとか。これは日々、アンテナを張って努力して、最新情報を収集して、自分の知識のアップデートをしています。そういう、私自身が努力していることを他者から認められることは、天にも昇るほどうれしいです。そして、多くの西洋医師や鍼灸師のように、国家資格取得後、全く勉強しなくなる輩達とは違うと認められることは、本当にうれしいのです。今でもうれしいのは、元日赤の医師から、「よく勉強しているね」と言われたこと。これは未だに私の心の支えの一つになっています。

2017年5月20日 (土)

共謀罪が衆議院通過。この国民は本当にバカばっかりなの?

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


この国は、この国民は、やはりもう一度第二次大戦中の不自由を味あわないとダメなのかもしれません。第二次大戦中、特高警察と呼ばれる国家機関により、どれだけ多くの人たちが罪なき理由で拘束、拷問を受けたか!!特高警察は、後ろ盾が国家と言うことで、やりたい放題やったところです。それがそのまま今の公安として残っていますけどね。


昨日、共謀罪が衆議院を糞自民が数の暴力でもって無理矢理通しました。まったく、これが民主主義とは片腹痛い!何度も書いていますが、今の糞自民がやっていることは、北朝鮮や中国と同じく、一党独裁の独裁政権です。なぜ、多くの日本人がそのことに気がついていないのか?


なにより悲しいのが、その糞自民を支持する、つまり票を入れる国民がこれほど多いことに、反吐が出るほど悲しみと苦痛を感じます。


後になって、『こんなはずじゃなかった』と不平不満を言っても遅いんですよ!そうならないための、選挙であり、投票権なのですから。自ら間違ったバカに票を入れておきながら、後になって『そんな風になるとは思っていなかった』と言っても遅いんです!糞安倍政権になってから、やつが一度でも『国民に説明する』と言っておきながら、説明をしたことがありましたか?一度としてないですよ!!その場しのぎ、今のアメリカ大統領のトランプと全く同じ、息をするように嘘をつく不誠実の塊の人間なのです。そのような腐った人間に、投票して権力を与えたのは、自民党を選んだこの国民です。


もうね、冒頭の通り、この国民はもう一度戦中の苦しみを味あわないといけないのでしょう。そのために、どれほどの無関係の人たちの血が流されるか。いいですか、いつの世も、いつの時代も、権力を持った腐った人間共は、その血を流すこともなく、その手を汚すこともなく、全く無関係の人間たちを殺してきたのです。第二次大戦中、権力の中枢に居た糞共が、戦中、最前線に行ったと思いますか?戦死したと思いますか?これは同じ敗戦国のドイツでも全く同じでした。SSにいた輩どもは、戦後うまく警察や政府の中枢に入り込みました。ですが、日本とドイツの違うところは一つ。ドイツは、戦後処理をしっかりやったことです。日本はしていません。うやむやにしてしまっているのです。ドイツは戦後処理をしっかりやったため、アイスマン裁判などを通して、政府の中枢に巣くっていた元SSまであぶり出したようです。


国連報告者まで、この共謀罪があまりに危険性をはらんでいるとして、日本政府に書簡を送っています。これほど、世界の目で見ると危険な法案が通ろうとしていること、共謀罪に賛成しているアホ共は全く理解していないと言えます。賛成しているアホ共は、自分たちは『正しいことをしているから』共謀罪の対象にされることは決してない、と思い込んでいるのでしょう。果たして本当にそうか?未来永劫、自分と自分の家族が、いわれのない共謀罪の対象にされないと言い切れるのか?そんな保証はどこにもないのですよ。この共謀罪によって、警察は警察の『思い込み』だけでいくらでも捜査、逮捕できるという権力を得てしまうのです。今でも、沖縄でバイオロボットの機動隊が、無実の人たちに対して暴行を働いています。これがもっとひどくなると言うことです。いいですか、再度書きますが、『警察や国の思い込みだけで』捜査、逮捕できる社会になってしまうのです。これって、今の多くの日本人、官僚や政治屋共が嫌っている、中国、北朝鮮とどこが違います?全く同じですよね?民主主義の根幹として、表現の自由があります。その表現の自由が奪われる、と言うことなのですよ!この分では、次に来るのは『密告奨励』ですね。まさに、まさに多くの日本人が嫌っている、中国や北朝鮮と全く同じ社会になってきているのです。


この国民は、バカばっかりになってしまったようです。戦中の苦しみを再度あじあわないと、いったい自分たちが何をしてしまったのか、どんな馬鹿野郎に権力を与えてしまったのか、そのことを理解できないのでしょうね。後悔先に立たず、と言う格言は真実です。そして、この国民は戦後70年、たった70年でまた元の不自由な世の中に戻り始めているというバカ共ばかりという証明です。他の諸国からは、今の日本は明らかに世界で一番急激に右翼化している国だと思われていますよ。


お上が守ってくれる?そんな幻想、どうしていつまでも持ち続けられるのか、心底不思議ですわ。会社でもそうでしょ?上司が、会社が従業員を守ったことがありましたか?いつもいつも、権力を持った輩は弱者を切り捨ててきました。その対象が、次はあなた、と言うことです。そして、その権力をもっているバカ共を選んだ、つまりその権力を与えたのは、糞自民に投票したあなたたち自身だと言うことです。まさに、自らまいた種を自ら刈り取っているのです。


プライバシー制約の恐れ 国連報告者、政府に書簡
毎日新聞2017年5月19日 20時13分(最終更新 5月19日 20時13分)
https://mainichi.jp/articles/20170520/k00/00m/010/090000c?ck=1

 プライバシーの権利に関するケナタッチ国連特別報告者は19日までに、衆院法務委員会で可決された「共謀罪」法案について、「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と懸念を示す書簡を日本政府に送った。対象となる犯罪が幅広く、テロや組織犯罪と無関係なものも含まれる可能性があることなどを理由に挙げた。

 書簡は18日付で、安倍晋三首相宛て。法案にある「計画」や「準備行為」の定義があいまいで、恣意(しい)的に適用される可能性があると指摘。いかなる行為が処罰の対象となるかも明記されておらず問題があるとしている。

 特別報告者は特定の国やテーマ別の人権状況について事実調査・監視を実施。ケナタッチ氏はマルタ出身のIT法の専門家で、2015年に国連人権理事会により任命された。(共同)



共謀罪採決強行:最後は数の力 国会内外、嘆き憤り
2017年05月19日 22時31分 毎日新聞

 最後は「数の力」で押し切った。「共謀罪」の成立要件を改めた「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案を審議した19日の衆院法務委員会。自民、公明両党と日本維新の会は審議時間が「目安」の30時間に達すると、大勢の野党議員からのヤジと怒号にひるむことなく、淡々と採決し、可決した。深まりや歩み寄りのない議事に、国会の内外では嘆きや憤りの声が相次いだ。

 採決強行は、用意周到な「共謀」を基に進められた。

 午後1時過ぎ。日本維新の会の丸山穂高氏は、いずれも自民党の土屋正忠氏と鈴木淳司委員長に呼びかける形で「質疑終了後、直ちに採決に入るようお願いして終わる」と述べた。すると土屋氏は、鈴木委員長の指名を受け、すぐさま質疑終局と討論省略の動議を読み上げ始めた。

 「何を言っているんだ」「おかしいだろ」。議員席を取り囲むようにして詰めかけた大勢の野党議員から怒号が飛ぶ。野党議員たちは土屋氏、鈴木委員長の順で詰め寄ったが、2人とも動じるそぶりはない。

 2人の発言はヤジでかき消され、何を言っているのかは判然としない。それでも、鈴木委員長の近くに立つ与党議員が身ぶりで起立を促すと、自民、公明、維新の議員が一斉に立ち上がった。

 衆院事務局によると、起立採決は、公明党の国重徹氏による付帯決議読み上げとそれを受けた金田勝年法相の発言を挟んで計5回。この間約5分だった。いずれも自民、公明、維新の賛成多数で可決され、散会となった。

 終了後、鈴木委員長はさばさばとした表情で報道陣の前へ。「残念ながらこういう形になった」と述べて立ち去った。

 民進党の逢坂誠二氏(野党筆頭理事)は怒りをあらわにした。「だまし討ちだ。こんなの民主主義のプロセスでも何でもない。『法の支配』だとか、よく言えたものだ」。山尾志桜里氏(民進)も「全くもって信じられない、政権与党のやり方だ」と顔を真っ赤にした。

 この日、最後まで報道陣の囲み取材に応じた金田法相はこう述べた。「党派を超えて理解していただくことが大切で、努力は重ねたつもりだ」【遠藤拓、島田信幸、巽賢司】

各地で抗議

東 京

 採決が強行された直後の19日午後、超党派議員連盟「立憲フォーラム」と市民団体「戦争をさせない1000人委員会」は参議院議員会館で集会を開き、参加者が「政府に盾突く声を上げさせないための法案だ」と口々に非難した。参加した埼玉県三郷市の元中学校教員、菊地一成さん(62)は「(成立すれば)盗聴など捜査手法も変わるはずで、不安を感じている。数の力で押し切られ、あそこまでひどい採決になるとは」と批判した。

 同日夜には、国会前で複数の市民団体が反対集会を実施。参加者が「共謀罪、NO!」と書かれた黄色のプラカードを手に「強行採決、断固糾弾」などと声を張り上げた。

 千葉県松戸市の会社員、赤坂汐里さん(27)は「法解釈次第で、集会に行くだけで捜査対象になるのではないかと感じている。政府は参院ではしっかり説明してほしい」と訴えた。【巽賢司】

沖 縄

 「沖縄の基地反対運動の抑圧につながるとんでもない法律。廃案にするしかない」。政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を名護市辺野古に移設する計画に反対して抗議活動を続ける「ヘリ基地反対協議会」の安次富(あしとみ)浩共同代表(70)は強い口調で話した。

 政府は4月25日に辺野古の海の埋め立て作業に着手。安次富さんたちは連日、米軍キャンプ・シュワブ前に座り込んだりして移設反対を訴えている。

 抗議活動を巡っては沖縄平和運動センターの山城博治議長(64)が威力業務妨害容疑などで逮捕され、約5カ月にわたって勾留されるなどした。安次富さんは「権力側がどんな形で『共謀罪』を適用してくるのか想像もつかない」と不安げに語った。【樋口岳大】

西日本

 西日本の各地でも、市民が採決強行に抗議の声を上げた。

 京都市役所前であった反対集会には約600人(主催者発表)が参加。作家の瀬戸内寂聴さんらが呼び掛け人の「戦争をさせない京都1000人委員会」が主催し、運営委員で高校教諭の小鍜治(こかじ)啓さん(58)は「このままでは『戦後』が『戦前』になる。粘り強く行動したい」と訴えた。参加者は「NO! 共謀罪」と書かれたプラカードを掲げて市中心部をデモ行進。京都市の団体職員、堀川朗子さん(30)は「国民への説明が十分にされないままの強行採決。許せない。監視の目が国民に向けられることに恐怖を感じる」と話した。

 JR大阪駅付近では市民団体「共謀罪あかんやろ!オール大阪」が抗議集会を開いた。団体によると、約100人が参加。横断幕を掲げるなどし「国家による監視社会を作る『共謀罪』は廃案にすべきだ」と訴えた。

 金沢市の喫茶店では主婦ら10人が集まり、金田勝年法相らと野党議員のかみ合わないやり取りを再現し、審議の不十分さをアピール。金沢弁護士会の飯森和彦弁護士(60)は「メールなど広く通信傍受が行われる」と懸念した。集会中に採決の報が入り、市井早苗さん(39)は「数の力に押し通され、むなしい」と話した。【国本ようこ、加藤佑輔、石川将来】

北海道

 北海道内では札幌市や旭川市の繁華街に市民らが集まり、抗議の声を上げた。

 学者らでつくる「北海道平和運動フォーラム」が札幌市中央区の大通公園で開いた集会には約750人が参加。北海道憲法共同センターの黒沢幸一共同代表は「共謀罪は戦争法を仕上げていく動きであり、憲法は一行たりとも変えさせないための声を上げ続けよう」と呼びかけた。参加者は「言論封じの法律、いらない」と声を上げ、札幌駅前通をデモ行進した。

 旭川市では約50人がJR旭川駅前の平和通買物公園で街頭活動。「テロ対策と思わせて自由を奪う共謀罪に反対」などと書かれた横断幕を手に、通行人らに「止めるのは市民の声」などと呼びかけたりした。【真貝恒平】

2017年4月24日 (月)

私自身が自分の治療を受けたいわ!

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。

ギブスがとれ、日中動くときは簡易ギブスをつけて動いています。それでも片足を引きずりながらの歩行ですし、治療中などは右膝を立てたままの姿勢を取ることがほとんどです。

この姿勢と歩行の性で、左足首、左股関節、右股関節に変な痛みが出始めてます。これが、人間の体は一体であり、西洋医学が考えるような、部品部品で組み上がっている機械ではない、と言うことの証拠です。確かに、骨や筋肉と言ったものを部品と考えることもできますが、それらが非常に巧妙精緻に、人間ではそのようにつなぎ合わせることなど到底不可能という状態になっていること。これはもう、まさに神の手になる芸術としか言い様がありません。人間ごときが、神の手による芸術作品と同じことをしようとしたって、無理なのは明白です。もし、そんなことが可能なら、手術の後で、その後遺症に悩む人など誰一人いないことになります。手術を受けたのに、後遺症で苦しむのは当たり前とか、そんな後遺症が出ることはないと言う人、それはあなた自身が手術を受けたことがあるのか?と声を大にして問いかけますよ。

すべての筋肉、関節が精緻巧妙に連携してできあがっているのが人体です。今回、私は足首の骨折ですが、そのせいで他の関節に痛みが出る。これは当然のことです。だからこそ、本来の医療者の治療というものは、体全身を診た上で、全身に対して治療を施すものでなくてはならないはずです。違いますか?私の述べていることは、おかしいですか?

西洋医学は、この全身を診ることができない医療です。理由は前出のように、人体を機械としてみているからです。部品として人体の構成部分を見ているから、壊れたら交換すればいい、悪くなった部分は新しいものにしてしまえばいい。そう、その悪くなった部分しか見ていないのです。機械ならそれでいいでしょう。悪くなった部品を交換すれば、元のように動き出すわけですから。人間はそうはいかないのですよ。たとえば、人工股関節。悪くなった股関節を人工股関節に交換すれば、見かけは正常に見えます。ところが、実際は手術後の傷がうずいたり、問題のないはずの人工股関節なのにそこに痛みが出たり、自前の股関節の時とは違って可動域に制限が出ますし、患者さんは常々ちょっとでも無理をしたら外れるのではないか?と非常に気にしておられます。これって、QOLに大きな不安を残したままと言うことでは?

西洋医学を全否定しているわけじゃないですよ。潰れてしまってどうしようもない関節を、人工物に置き換えることによって、とりあえず日常生活を送れるようにする技術はすごいものです。感染症に対する抗生物質も、それは素晴らしいのです。ただ、西洋医学はそこ止まり。もともとの、戦場医学がその発端である西洋医学は、汎用性がないといえます。つまり、慢性疾患や、私のように一箇所を痛めた故に他の場所に異常が起こっても対処のしようがない。逆に東洋医学はどうか?といいますと、慢性疾患や私のような症状には十二分に対処可能ですが、潰れた関節を元に戻すことなど不可能ですし、感染症に対しても抗生物質ほどの劇的効果を持っていません。東洋医学は戦場医学として起こったものではなく、人間が日常生活を送っている中で必要となり、発達してきた医学なのです。

根性坐骨神経症およびヘルニアの時より、他の場所への影響が強いのが今回の骨折ですね。痛みの程度で言えば、根性坐骨神経症やヘルニアの方が、今回の骨折より100倍以上痛いですけど!!どれほどの痛みか想像できない人は、私の以前のブログを読んでみるといいですわ。そこに、ヘルニアと根性坐骨神経症の痛みについてつらつら書いてあります。日常生活の不自由さはほぼ同程度といえますが、他の関節などへの影響度は骨折の方がずっと高いです。

近所に、私と同じように全身を診ることのできる鍼灸師がいればいいのですが、どうも居ないようです。ま、当然でしょうか。ほとんどの今の鍼灸師は、西洋医師と同じく、その場所しか診ることができませんので。本来の意味での鍼灸治療ができる人は、実に少ないのですよ。その分、困る患者さんが増えるわけですし、西洋医師とは患者の取り合いになって争うことになるわけで。

なぜ全身を診ることのできる鍼灸師がほとんどいないのか?まず、学校で教えないことがその理由の一つ。全身を診ることのできる鍼灸師が学校で教えないことがその二つ。特に、鍼灸学校で、全身治療の重要性を教えないのが一番の問題かと思います。なにせ、教師自身が全身治療ができない。できないから学生に教えることができない。まさに悪循環!その結果、排出する卒業生は当然全身治療ができない。患者は治らない。当然の帰結として、鍼灸治療は効果がないとレッテルを貼られます。鍼灸教育が変わらない限り、この悪循環は断ち切れないと思いますね。と同時に、全身治療ができる鍼灸師がいかに貴重であり、そんな鍼灸師に巡り会えて治療を受けている患者さんたちは、とても幸運だと思います。

現在、ある意味障害者であり、きちんと対処できる鍼灸治療をのぞみながらそれを行える鍼灸師がいないことにほぼ絶望している私です。

2017年4月 8日 (土)

日本人は冷たい。これは本当だと思いますね。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


骨折してから、移動時にはほぼ必ず松葉杖をついています。まだギプスがとれないので、仕方ないと言えば仕方ありません。


さて、タイトルの『日本人は冷たい』ですが、これって、元ネタはラジオからです。ラジオのCMで『日本人は冷たくない』というのが流れます。


さて、本当だろうか?自分自身が骨折して、松葉杖を使っている身で体験してきたことを思うと、正直、『日本人は冷たい』としか言い様がないです。


目の前で往診用の大きなダッフルバッグを背負ったまま、もしくはダッフルバッグを足もとにおいて、松葉杖にすがって立っている私を気がつく人がいないという現実。目の前に松葉杖で立っている人間が立っていても、気がつかないのか無視しているのか、手元のスマホに夢中の人間たち。いや、実に面白いですわ。これが今の日本の社会の縮図なんだと改めて思い知りましたよ。


私に席を譲れと言っているんじゃないですよ。必ずおかしな勘違いをする人間が巷にあふれているので、わざわざ書きます。目の前に弱者がいても、そのことに対して何ら気にしない人間がこれほど多いと言うことを嘆いているだけです。私自身が医療者で、普段から肉体的にも精神的にも弱っている人に寄り添っているからなおさらそう感じるのかもしれません。たとえ今、あなたが健常であっても、明日もそうであるとは限らないのです。そんな保証は一切ありません。ならば、健常の時にこそ、非健常者に対して優しさを示すのが、成熟した人間ではないでしょうか?まぁ、今の日本で成熟した人間がどれほどいるのかは、はなはだ疑問ではありますけど。先日の復興相のように、この国の政府の今までの無策ぶりと、電力会社の金儲け主義によって起こった『人災』のせいで、生まれ育った場所を追われた人たちに対して、平気で『自己責任』と言い放つような、現状認識もできないとことん腐りきった輩が多すぎるのです。


弱者はとことん弱者でいろ、自分はそうじゃないから見て見ぬ振りをするわ、と言うことかな、と。弱者は隅で小さくしていろ。むしろ電車に乗るな、ということでしょうかね?


この短期間であっても、席を譲ってくれたのはたった2件。1件は小学生から、2件目は10代後半から20代とおぼしき女性から。
電車やエレベーターの扉が開く前から、走って飛び込んでくるような
『とてつもなく元気な』高齢者と呼ばれる年寄りたちから、席を譲られたことはただの一度もありませんよ。むしろ、そういう年寄りたちの方が質が悪いですね。自分たちの方が年寄りなのだからという自意識過剰があるのでしょうか、松葉杖をついている、明らかに不自由な人間より、年寄りの自分たちの方が優先されてしかるべきだという認識が強すぎると思いますわ。


並んでいる列に平気で割り込む、走ってエレベーターに飛び込めるほど元気な年寄りが、果たして年寄りと言っていいものかどうか?そして、そういう、むやみやたらに元気な、不自由のかけらも見られないような年寄りが、明らかに障害を現在抱えている人間を押しのけて自分たちを優先しろと言わんばかりの態度。これって、かなりの問題だと私は体験からいえます。


駅のエレベーターでもそうです。松葉杖をついて階段を昇降するのは、結構な恐怖を伴います。だからこそ、こういうときのためにエレベーターを使いますが、どこも悪くない、元気いっぱいの人間の方が急いでエレベーターに直進してきます。見てきた限りでは、そういうことをする人間は

  • 男より女の方が多く
  • 中年以降の人間

が明らかに多いです。医療者として、『そんなに元気なら、筋トレをかねて階段をつかわんかい!』と怒鳴りたくなります。若い人間の方が、まだ他者への心遣いをしているように見受けられます。あれ?本来なら、人生経験を積んだ高齢者の方が、他者への心遣いが若年者よりよりよくできるはずですが?今の日本では、他者を思いやることのできない高齢者の方が、明らかに多いというのが現実のようです。


ついでに言うと、名古屋の地下鉄はエレベーターが設置されていることはうれしいのですが、駅によってはその設置場所に問題があるなぁ、と。エレベーターまで結構な距離を歩かなくてはいけないのですよ。思わず、それなら転倒の危険を冒してでも階段を使った方が早いのでは?と思うほどです。駅の大きさの割にエレベーターの設置数と場所が悪いなと思ったのは、今池駅、吹上駅、そして栄駅ですね。栄駅はまるで迷路のように感じましたわ。古い駅ゆえ、後付けでエレベーターを追加設置したためでしょうか?まだ使っていませんが、名古屋駅、それも特に名鉄の方は、もっと移動に不自由さを感じるだろうと、今のこの不自由な体だと辛いと思います。


今日は今日で、栄駅で、松葉杖をつきながら歩いている私にぶつかってきたおっさんがいましたわ。電車に急いで乗ろうとしていたようですが、ある意味、現在障害者に区分される私にぶつかってでも、押しのけてでも電車に乗ろうというその態度。そのおっさん、目が不自由だったわけじゃないですよ、健常者です。久しぶりに怒りがふつふつとわきましたわ〜。😡annoy正直、松葉杖で殴ってやろうかと思うほど。運良く、私がバランスを崩さず、倒れなかったのでよかったですが、倒れていたらどうしていただろうか?もしそうなったら、私も黙ってなかったと思いますけど。


考えられないほど日本人の心が荒廃していると、私自身の身をもって感じた次第です。この心の荒廃が、今の腐りきった日本社会、そして糞政治屋、糞官僚共を生み出した元凶であると心底思いますね。学歴や家柄、金を持っているかどうかといった、見た目だけでその人間を判断してきた結果が今の日本です。あぁ、こういう『日本人は冷たいのだ』と言うことを学ぶために今回骨折したのかも。


私の書いたことを嘘だと思うのなら、ぜひ足を折って松葉杖をついてくださいな。その状態で公共交通機関を使ってみるといい。そこで出会うのは、人の温かさより、むしろ冷たさであり、人間(特に日本人)というものに対する絶望を味わうことでしょうから。再度書きます。私の書いたことを嘘だと思うのなら、私と同じ状態になってみることが必要ですよ。その上で、あなたが私と違って毎回席を譲ってもらえたり、一度も押しのけられることもなかったのなら、反論をしてもいいです。


日本人は冷たい。私は現状、身をもって心底そう感じてます。『日本死ね』と述べた人の気持ち、改めて私もそう感じてますよ。えぇ、今の私ならいえます、『日本死ね!』と私も声を大にして言いたいです。弱者を思いやれない人間の集まっている国なんて、まともな国じゃないです。そんな国は、滅びてしまえばいいのです。え?過激な考えですか?私と同じような経験をしてもそう言えますか?

2017年3月11日 (土)

あなたを殺す可能性が高い人は、という記事です。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


この記事はある意味、衝撃でした。自分の配偶者や恋人の方が通り魔より危険、ということです。


アメリカでもデートレイプやデートDVが問題になっています。日本ではよりいっそうそれが顕著なのか?!と驚きました。恋人による殺人の方が多いという日本特有とも言われる現実。


記事には、『長年(一緒に)いると豹変する』という一文がとても怖いです!私も豹変されたことを経験しているので、よく理解できます。


『簡単に相手を信用してはダメ』。これも本当にその通りです。もう、性善説で相手を考えてはいけない社会なのだな、と。なんと閉塞的で不信用かつ不寛容な社会なのだろうと。あと、日本は長年安全だと言われていたことも問題でしょう。なにしろ日本人は『自分には犯罪が起こらない、巻き込まれない』と勝手に思い込んでいる民族ですからね。私はアメリカにいたおかげで、いつ自分が犯罪に巻き込まれるかもしれないと、今でも考えて行動しています。そう思って行動していなければ、どうなったかわからない社会で生き抜いてきたので。それでもパキスタン人のルームメイトがサイテーかつ麻薬の売人だったため、2度ばかり麻薬関係のいざこざに巻き込まれそうになりましたわ。常々一線を引いていたので助かったようなものです。


また、今の日本の若い輩が鞄の中にナイフを忍ばせている、というのにも驚きです。と同時に、記事にあるように『ろくに使ったこともない人間ほど躊躇無くぶすっと刺す』。これは日本社会と教育が間違ったことを教えているからに他ならないと、声を大にして言いたいです!子供の時からナイフで鉛筆を削らせる等の、ナイフの使い方を親も社会も教えないのが問題なのです。子供の時からナイフを使っていて、そのナイフで自分の指を切ったりする。そして痛みと同時に血があふれてくるのを自分の身をもって体験、その恐怖を体験していれば、他者にナイフを向けようとはそうそう思わないはずです。この記事にあるように、『ろくに使ったこともない』からその恐怖がわからない。痛みもわからない。だから簡単に他者に対してナイフを振るうのです。ナイフを人に向けていいのは、自分もナイフで刺されてもいい人だけです


もう、記事にあるように『黙ってバカから離れる方が賢明』という時代なのかなぁ、と。バカがバカなことをして、それを人生経験のあるものから『おまえのやっていることは間違っている』としかられて注意を受け、バカの認知を変えるチャンスがない、ということです。チャンスがないから、バカはいつまでたってもバカのままと言うことになります。そのバカが大人になって子供を作り、その自分の子供を殺したり虐待したり、そしてこのバカの連鎖が時代を超えて続いてしまう。そんなバカばっかりになってしまったら、この社会は荒廃の一途です。


あなたを殺す可能性が高いTOP5は以下だそうです。
1位 配偶者・恋人
2位 ケンカした他人
3位 夜道の通り魔
4位 出会い系サイトの女
5位 無差別殺人


こうなると、まともな相手と恋愛や結婚をするのがどれほど難しいか、と改めて考えてしまいました。そんなに難しいなら、結婚なんてしないとなりますよね〜。

2017年3月10日 (金)

元名古屋大学学生による殺人事件、犯人の言葉などについて。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


う〜む、個人的な意見なのですが、サイコパスというのはこういうことなのだな、と。元名古屋大学学生による殺人事件の記事を読んで、改めて思いました。


元名大生事件:「いまだ殺したい気持ち湧く」被告人質問で
2017年03月07日 21時36分 毎日新聞

 名古屋市で高齢女性を殺害し、仙台市で高校の同級生ら2人に硫酸タリウムを飲ませたなどとされる元名古屋大学生の女(21)=事件当時16~19歳=は7日、名古屋地裁(山田耕司裁判長)の裁判員裁判の公判で被告人質問に答え「こういう事件を二度と起こしたくない」と語る一方、「いまだに殺したいという気持ちが湧くのでコントロールできず困っている」と話した。

 この日は情状面に関する被告人質問が行われた。まず弁護側が質問し、人を殺したい気持ちがまだあるか問われた元学生は「たまにあります」と答えた。被害者や遺族に対して「謝罪したい思いはあるが、仕方が分からない。反省したい気持ちはあるけれど、そもそも反省とは何かが分からない」と述べた。

 裁判中につらかった点として、被害者や遺族の調書が読まれた時のこと、自分に障害があると言われたことを挙げた。治療の機会があれば取り組むかを聞かれると「気持ちはあります」と話した。

 検察側は裁判中にどのような気持ちでいたかを尋ね、元学生は「被害者の言葉を聞くのがつらかった。自分の知らなかった苦痛が見えてきてショックを受けた」と答えた。高齢女性の遺族の感情に関しては「女性がいなくなって生活に不便が出るから怒りが出るのかと思っていた。女性を失ったことが怒りや悲しみにつながっていると知ってびっくりした」と述べた。

 殺さなければ良かったという思いがあるか聞かれ「思う時はある。でも、殺害しない方法に持っていく自信はありません」と語った。裁判中に人を殺したくなったことがあるかでは「1回だけあった。誰でもいいと思いました。すぐに収まりました」と話した。

 自分の将来について「二度と犯罪を起こしたくない」と述べた。その後、山田裁判長からの同様の質問に「人を殺さない自分になっていたい」と答えた。

 被告人質問に続き、タリウム事件で重度の視覚障害が残った高校時代の同級生男性(21)が法廷で意見陳述し「さまざまな場面で『この事件さえなければ』と感情が高ぶることがある」と話した。

 元学生に対しては「事件を人ごとのように話していると感じた。これ以上、謝罪や反省は求めない。許すつもりもない。一生刑務所に入って罪を償ってほしい」と述べた。

 裁判は10日の次回公判で結審し、24日に判決が言い渡される予定。


この記事にあるように、『反省とは何かがわからない』。つまり、言葉として『反省』ということは口をついて出ても、それがいったいどういう意味なのか、どう考えなければいけないのかと言うことなどが、さっぱりわからない。文字通り『わからない』のでしょう。自分のしたことが間違っているということすら、実際は理解していないと言うことです。未だにこの人の心の中では、自分がずっと興味を持っていたことを行っただけなのに、ということでいっぱいなのだと思われます。


また、『障害がある』と言われたことが辛かったともあります。これも、自分は『正常』だと思っているからこそ出てきた言葉でしょう。人を殺す自分が正常なのです。


自分が殺した女性の遺族に対しても、『女性がいなくなって日常生活に不便がでたからという理由で怒るだろうと思っていた』という、損得勘定でしか物事を見ていないことにも驚きです。今までいた愛する人が突然いなくなってしまった、それも殺されたという喪失感、絶望感というものを全く理解できていません。人というものを『物』としか認識できていない発言だと思います。他者に対してそう思うのなら、自分自身に対しても同じように『物』として捉えればいいのですが、そうじゃないのですね。20歳にもなって、他者の感情ということを想像する、察する、ということが全くできない人間と言うことかと。正直、この発言が一番恐怖を感じました。


未だに殺人衝動があるということを正直に述べています。これって、今からたぶん行われるであろう投薬や認知療法などで矯正できるものなのでしょうか?私は無理じゃないか?と思います。だいたい、サイコパスを治療できるような薬物なんてないと思いますし。もし、そんな精神状態を矯正できるような薬があれば、ストーカーにも同じように使うことができると思いますけど。ですが、現状、ストーカーに対する医療行為は認知療法のみのようです。その認知療法もどれほどの効果を出せるのか、未だ未知数だと思います。人は弱いのです。どれだけ頭で『他人を殺しちゃいけない』と自分を抑えつけようとしても、なんだかんだと自分自身に対して理由をつけて、その抑えつけていたことを解放するものです。抑制だけで行動が変わるのなら、禁煙や禁酒も楽なはずでしょ?喫煙はニコチン依存症、酒もアルコール依存症です。物質(化学物質)がその依存の原因となっていますが、体がその物質による快楽を忘れられないからです。この犯人のような殺人衝動は精神的なものだから違うのでは?と思いますか?では、性行為依存症はどうですか?これも、精神的な欲求を抑えつけることが結構難しい様です。この犯人のような、殺人依存症ともいえるような、殺人衝動の抑制は果たして今後、この犯人が生きている間可能なのだろうか?とやっぱり疑問に思うのです。


ゆがんだ認知による大量殺人も日本で起こりましたし、世界ではこれが虐殺にまでなっているケースもあります。戦争もある意味、ゆがんだ認知による虐殺だと思います。そんなゆがんだ認知を持つ人間を、どう矯正するのか?できるのか?です。


この記事にあるように、私も被害者と同じく『事件を人ごとのように話している』と感じました。多分、現状この犯人の矯正なんて無理だとしか思えません。


疑問に思うのが、こういうサイコパスの場合、他者を殺す方に行くのにちゅうちょ無いのに、その殺意が自分の方に向くことは決してないと言うこと。それほどの殺意、是非自分に向けてほしいですわ。自分に火をつけたらどう感じる?腹にナイフを突き立てれば出血はどう出る、痛みはどうか?自分自身の体で試してみたら?と思うのですけど。そう思わないからサイコパスなのか?


日本では、無期懲役でも10年ぐらいで出てきてしまいます。これってかなり問題があると思います。海外のように、仮釈放なしの終身刑というものを作るべきでは?と時々思います。特にこの犯人のような、他者の命に対しての尊厳もなにもない、人を殺したいという衝動が常々わき上がる人間なら、現状どうしようもないので社会復帰をさせる方が危険だと思えて仕方が無いです。


アメリカの精神科医が書いた本によると、アメリカでは1000人に1人がサイコパスのようです。日本でもそう変わらないのではないか?と思えます。程度の差こそあれ、ある一定数サイコパスが存在します。(現世の成功者と呼ばれる人たちの多くが、程度の差こそあれサイコパスの傾向が強いとも言われています。サイコパスだから、他人の意見も気にせず自分の目的に向かって邁進するからだそうです。)もしかしたら私もそうなのかもしれません。ですが、今のところ人を殺したいという衝動も欲求もなければ、他者を簡単に傷つけてでも自らの欲求を追求・満足したいという気持ちは全くないので、多分違うのでは?と自己分析しています。これをしたらどうなる?ということを『想像』できるのは人間だけですし、これがあるから危険を回避でき、他者を傷つけることもしないはずです。そういう意味では、サイコパスはこの人間特有の能力である『想像』という能力が欠如しているといえると思います。


まぁ、最近の日本人は、老いも若きもこの想像力が欠如している輩が非常に多いなぁといつも感じますけど。そういう意味では、程度の差はあれ、サイコパスでこの世はあふれている?!

2017年3月 5日 (日)

日本の大学生が考えたSNS使用について5つの合い言葉

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


明治学院大学の学生たちが考えた、SNSを使う際の5つの合い言葉、実に素晴らしいです。サイトはこちら


しかし、改めて思ったのですが、今の世界で他人からの承認要求に飢えている人間ばかりだな、と。他人はあくまで他人、これは親子や兄弟という血縁関係ですらそうだと言うことに気がついていない人がなぜこれほどまでに多いのか?と。血縁関係ですら他人ですから、夫婦なんてもっと他人ですわ。友人はさらに他人です。ですが、その他者からの承認欲求が強すぎる。なぜそれほどまでに他人から認めてもらいたい?この世で自分を認めてくれる唯一の存在は、自分自身しかいないというのに。なぜこのことに気がつかない?(正確に言うと、自分自身と神(宇宙、自然、地球、偉大な何か等々なんでもいいです)しか自分を認めてくれません。)


私はSNSを全く使っていませんが、ある意味便利でしょうね、その使い方によっては。ですが、どうやら人は逆にそのSNSによって振り回されているとしか思えません。SNSが生活のすべてで最重要になっているようで。でなければ、TPOも考えず、映画館の上映中に平気でLINEの返事を書くような、わがままかつ無神経な行動はとれないはずです。


他者からの承認欲求を得るために、他者へ多大な迷惑をかけていることに全く気がついていない。とにかく、自分の要求を満たすためなら他者のことなど全く考えない。これって人としてどうよ?と本当に思います。


日本の文化は『恥』の文化です。恥を知る文化です。今は『無恥』であり『無知』の文化になってますね〜。情けないわ〜〜〜。

2017年3月 4日 (土)

調査が続けられていたようで、良かったと思います

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


以前感想を書いた記事の続編でしょうか?こんな記事が出ました。



地下に多数の乳幼児遺体=800体?母子施設跡-アイルランド

2017年03月04日 06時17分 時事通信

 【ロンドン時事】アイルランド西部チュアムにあるカトリック教会系の母子収容施設跡の地下室で多数の胎児や乳幼児の遺体が見つかった。施設跡の調査を行っていた政府委員会が3日、明らかにした。遺体の数は800体近くに上るとみられる。英PA通信などが報じた。
 施設は1925~61年に運営され、未婚の妊婦が送られていたという。委員会は20の地下室のうち、これまでに17室を調査した。遺体は35週の胎児から2~3歳の幼児のもの。地下に多数の遺体があるという見方が以前からあり、2015年に調査が始まった。委員会は「遺棄の責任者が誰か調べを続ける」との声明を出した。


以前書いた感想はこちら


以前の記事の続編だと思われます。場所も同じアイルランドですし、犠牲者としか考えにくい800体のご遺体。しかもそのほとんどが胎児から乳幼児という戦慄する事実。2015年から調査が始まって、未だに続けられていたことが本当にうれしいです。


委員会は責任者が誰か調べ続ける、と。日本の糞政治や腐りきっている警察どもも見習え!といいたいですわ。政治屋も警察も、自分たちに都合の悪いことは『ほぼ必ず』うやむやにしてしまいます。なんだこれ?これが法治国家?民主国家?片腹痛いですわ。この日本という国は、以前から私も言っていますが、社会主義国家であり、糞安倍政権になってからは独裁国家になりつつあります。第二次世界大戦前から、この国は社会主義国家です。それも、ソ連やルーマニアの様に途中で潰れることもなく、未だに存続している世界唯一の社会主義国と言っても過言じゃないですわ。


宗教、特にカトリックの恐ろしさは今のアメリカを見てもわかります。中絶禁止もカトリックのお題目です。アメリカで新聞記者にすっぱ抜かれた、カトリックの司祭による幼児虐待などなど。本来、人を助けるためのはずの宗教が、これほど人々を縛り、苦しめているという事実に、なぜ多くの人は目をつぶるのか?心底不思議でなりません。

2017年2月13日 (月)

バック・トゥー・ジ・iPhone

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


iPhoneに戻しました。サヨナラAndroid。赤貧の私ですが、仕事で使っているので清水の舞台から飛び降り買い換えましたわ。


ホームページにも記載しましたが、これでiPhoneユーザーの方でしたら、iMessage(iPhoneに最初から入っている『メッセージ』アプリです)で無料の上、文字数無制限でやりとりができます。


いやぁ、最初Androidにしたときには、そのiPhoneにない機能に「おぉ」と思った物でしたが、使い込んでいくと、でるわでるわ、その使いにくさというか痒いところに手が届かないところがボロボロと。


堪忍袋の緒が切れたのは、仕事で使っているのでその仕事に差し支えが出ることが最大の理由です。一番驚くと同時に腹が立ったのは、メールの着信を教えてくれないこと!消音になってませんよ〜。AndroidはiPhoneより自由に着信音を設定できます。ところが、メール受信しても音を出してくれない事が何度も。着信と同時に音を鳴らして振動もするようにしてありますが、その振動も起きない。Google謹製のGmailアプリですらそうでした。アプリの不具合なのだろうと思われますが、次のリリースで直ったか?と思っていてもまたその次のリリースでまた駄目になったり。仕事ではない、プライベートで使っているのならそれでもいいでしょう。ですが、仕事で使っているのでこれには閉口しました。付け加えるなら、メールだけじゃなく、SMSアプリでも同じようなことが。SMSアプリを開いている状態で患者さんからすぐ返事が届いても、音を鳴らして教えてくれない・・・。振動もありません。なぜ?!iPhoneですと、1回目の通知でアプリが開かれなければ、2,3分後ぐらいにもう一度鳴らして通知を知らせてくれます。道具という観点から見ても、iPhoneの方が明らかに正しい動作ですよね?私の使っていたAndroidでは、一回知らせて終わりでした。


2番目の理由は消音について。iPhoneは物理スイッチで消音します。これが非常に便利かつ確実なことに、Androidを使ったからこそ理解しました。(初めてAndroidを持ったときには、逆にこの点に驚くと同時に新鮮みがありましたね。)防水に関わる?んなもの、ケースなどで何とでもなります。物理スイッチだからこそ、指先で触るだけで消音がオンになっているかどうかが分かることが重要なのです!Androidは音量ボタンを押し続けて、音量を下げ続ければ消音になります。ところがここで落とし穴が。普通に消音状態にした程度では、ウィジェットが届いた時、音を鳴らすという驚きの事態が起こりました。このウィジェットでも音を鳴らしたくなければ、さらにもう一段階押して消音のランクを上げなくてはいけません。なにこれ?そして私が困ったのは、Androidをポシェットに入れて腰に下げているのですが、このポシェットに入れるときにその角度によっては音量ボタンが押されてしまうこと。と言うことは、自分でも知らないうちに消音が解除されていると言うことです。特にバスの中とかで狭い状態でゴソゴソし、Androidをポシェットに入れたりしたあとでよく起こりました。こっちは消音にしているのを確認した上で入れていますが、知らない間に解除されている。お陰で何度もバスの中や電車の中で音が鳴り出して無茶苦茶焦ったことがあります。そして消音がされているかどうかを確認するためには、Androidの画面を点灯してマークを確認しなくてはいけないこと。いちいち取り出さないといけないことがめんどくさくてなりませんでした。当然、画面を確認したあとにまたポシェットにしまう時に、もしかしたら運悪く(?)音量ボタンが触れて消音が解除されてしまうかもしれないという不安感が全くぬぐえませんでした。これが精神的に全くよくない!『もしかしたら鳴り出すかも?』というのは、他人に迷惑をかけたくない私としては、とてつもない圧迫でした。ならポケットに入れろ?それでも音量ボタンが押されないという保証はありませんよね?あと、ポケットだと何かの拍子に落とす可能性が高いです。だからポシェットに入れて腰から下げているのです。消音にしてポシェットに入れたのに、勝手に解除されていないかどうかと何度も出し入れして確認する。強迫観念か!と一人突っ込みを入れたことが何度もあります。これってかなりのストレスですよ、いや真剣に。


3番目の理由は、起動に大変時間がかかること!iPhoneなら起動してパスワードを入れればそれですぐ使えます。ひるがえってAndroidはどうか?といいますと、まずパワースイッチを入れて起動します。一連の起動画面が出てパスワード入力まで来ます。パスワードを入れてすぐiPhoneのように使えるか?と言いますと違うのです。ここからまた最初と同じ起動画面が出てくるのです。なにこれ?2度起動しているの?パスワードを入れてから再起動をかけているのと同じ事です。iPhoneの起動になれている私としては、この起動にこれだけ時間を取られることが腹立たしい。せっかちじゃないですよ〜。特にこれが問題になるのは、最終の時間で映画を見たあと、電車の乗り継ぎなどのことで焦っているとき、この起動時間の長さがネックとなります。せっかく面白い映画を見て気分が良いのに、次の電車の乗り継ぎを調べたいのに起動が遅すぎてイライラ。気分ぶちこわしです。


4番目の理由は、そのセキュリティーについて。AndroidOSにも不具合があります。もちろんiPhoneのiOSにも。だからGoogleもアップルもセキュリティーアップデートをします。問題はAndroidOSのその自由度故、製造会社のカスタマイズが入ることです。私の使っていたMotorolaは、ほとんど手を付けない素のAndroidだそうですが、それでも2016年のセキュリティーアップデートはたった2回でした。ほぼ毎月のようにGoogleはパッチファイルを提供していました。でも実際に手元のAndroidに製造会社からパッチが配信されたのは、たった2回。そりゃ私は仕事でしか使っていないのでおかしなネットを見たりしません。でもセキュリティーに問題があるOSを日々使うのは、これまた精神的によくありません。Androidに比べればiPhoneはそのOSの自由度は低いです。ですが、その代わりセキュリティーがしっかりしてます。iPhoneでは、もう古い技術で穴だらけのFlashが使えなくしてあるのもそのためです。私の携帯には患者さんの情報が入っているので、セキュリティーには大変気を遣ってます。プライベートで使っているのであれば、Androidの方が遊びの要素が大きいので面白いことでしょう。ですが、仕事で使う道具としてはどうか?と。


先日の患者さんの治療後、日にちを確認するためにポシェットから出したら、また消音が解除されてた上、音量が最大にまでなってました。この瞬間、もうダメ。心が折れました。そんなのは小さな事だと言う人が必ずいるでしょうが、こちらが設定したことが勝手に解除されているというのは我慢なりません。少なくとも、iPhoneではこういうことがなかったのですから。私は、自分で機械を操作したいのです。機械に操作されたくありません。余談ですが、だから車もオートマ車はキライです。マニュアル車の方が良いです。


ほぼ1年ぶりにiPhoneに戻りました。iPhoneSEですが、やっぱりこの小ささが良いです。片手で画面の全てに手が届きます!画面が小さいから見にくいのでは?という意見も聞きましたが、慣れですよ、慣れ。最初のiPhone3Gの頃はSEより画面は小さかったのですから。あと、ひいき目かもしれませんが、私の使っていたMotorolaのMoto X Playより画面が綺麗と感じます。iOSの設定もこの1年で少々変わっていて。目覚まし代わりに鳥の声で起こしてもらえるなんて、良い機能が追加されていたのには驚きました。


自分の思い通りに使え、そして使用者にストレスを極力与えないのがよい道具です。逆に、ちくちくとストレスを与える道具は悪い道具です。ストレスを極力感じず、仕事に集中するためなら、多少高くてもよい道具を職人は求めます。よい道具でなければ、望む結果を得られないからです。とまぁ、これってiPhoneを持つがための言い訳でしょうか?


まぁ、色々書きましたが、私はやはりiPhoneでなければ私の要求に応えられないと思います。

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