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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の158件の記事

2018年1月18日 (木)

ほんとに今の日本社会は腐っていますね

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


もう、何だこのクズは!そして、こんなクズ男を擁護する意見も存在している、この日本社会に対して心底反吐が出そうなほど落胆しています。こんな社会だからこそ、

  • 閉塞的で
  • 他者に寛容がなく
  • 自分のことしか考えないろくでなしども

が今の日本社会ではびこっているとしか思えません!!!!


電車で1歳児の首を絞めた男が逮捕 不可解な理由に「怖すぎる」と批判殺到
電車で1歳の女の子を首を絞めた契約社員の男が逮捕された。
2018/01/18 15:30
https://sirabee.com/2018/01/18/20161464303/
多くの人が利用する電車で、1歳の女の子を首を絞めるという悲しい事件が起こってしまった。その身勝手な理由に、ネット上では非難の声が相次いでいる。

■泣く赤ちゃんの首を絞める

17日午後7時頃、さいたま市のJR大宮駅の電車内で、泣いていた女児(1)の首を絞めたとして、大宮署は契約社員の男性(22)を暴行の容疑で現行犯逮捕した。

報道によれば、女児が電車内で泣いていたため、母親(25)が抱いてあやしていたところ、男性が突然首を絞めてきたとみられている。男性は、帰宅途中で偶然電車内に乗り合わせていた警察官によって現行犯逮捕された。女児の命に別状はなかったようだ。

男性は警察の調べに対して「赤ちゃんが苦しくなくなると思って首を絞めた」などと供述しているという。

■「怖すぎる」「意味不明」と非難の声

報道を受け、ネット上では「信じられない」「理由が意味不明」と男性の行動を非難する声が数多くあがった。また、男性の行動の発端であろう「電車で赤ちゃんが泣く行為」についても「仕方がない」「赤ちゃんは泣くのが仕事」と母親を擁護する声も見られた。

・電車で赤ちゃんが泣いてたら首を絞めていい理由にならない。言い訳が意味不明
・なぜその選択肢に行き着くのか。思考が偏ってる
・そりゃ多少はうるさいと思うよ。でも、元気に泣いているって思えないかね 
・こんな歪んだ考え怖すぎる。お母さんもさぞかし怖かっただろうね。許せないわ

■泣く子供に「うるさい」と同情の声も

首を絞めるという男性の行為は責められるべき、という前提ながら、電車内で子供が泣く行為について「迷惑」とのコメントも。中には「泣く子供がいるなら電車に乗るべきではない」といった厳しい意見もみられた。

・電車で泣かれるとうるさい気持ちはわかる。ただ、うるさいなら車両を移るくらいしなよ
・この男は悪くない。子供をコントロール出来ない母親が悪い
・昔と違って図々しい母親が増えたってうちの親が言ってた 泣いてても放置、口を押さえたりしない、ベビーカーも畳まず乗ってくる。この母親もどれかに当てはまってたのではないかと思ってしまう

■4人に1人が「電車での泣き声はうるさい」

しらべぇ編集部が全国20〜60代の男女1,353名に「電車での赤ちゃんの泣き声」について調査したところ、4人に1人が「イライラする」と回答している。

加えて、通勤の時間や満員電車など、ただでさえ不満をもって乗車しているときは、イライラも倍増しているのかもしれない。「赤ちゃんが泣いているのを見ると元気になる」との声もあるが、怒りをおぼえている人がいるのも事実のようだ。

とはいえ、首を絞めるという行為はけっして許されるべきではない。誰もが遠慮せず、気軽に電車を利用できるようになってもらいたいものだ。
(文/しらべぇ編集部・らむたそ)


子供の泣き声がうるさいというのであれば、そう思う自分自身が子供の時も、全く同じだったという『事実』を忘れていますわ。もしかしたら、いや、もしかしなくても、子供の泣き声がうるさいという輩ほど、子供の時もっとうるさく泣いていたのではないでしょうか?子供の時だから記憶にない、といって逃げるのは、卑怯者の言い訳です!!!!こういうクソみたいな人間性を持った卑怯者が、本当に多いのが、いやでも目について仕方がないのが今の日本です。


ベビーカーを畳まず乗ってくる?確かに、そういう人もいますが、それについてどうこういうつもりは、あまりありません。他者への迷惑を考えられない人間がいるのも当然ですから。畳まずに乗ってくる親の、その親が、そういう他者への気遣いを教えられない人間だったのですから、仕方ありません。教えられていないのです、他者の迷惑を考えて行動するように、ということを。教えられていないのだから、気がつくわけないです。気が付いていない人を責め立てても、仕方ありません。こんな簡単な論理を考えられず、脊髄反射で否定する輩ども、ベビーカーを畳まずに乗ってくる親たちと全く同じ穴のムジナです。そのことに気がついていないくせに、他者ばかりを攻め立てるというのが、実に腹立たしい!気遣いできない輩のくせに、それができていない人たちを責め立てるその人間性の矮小さに、反吐が出ますわ。


ベビーカーを畳まずに乗ってくる親を非常識と言い立てる老人たち、そういうあんたたちの行動はどうよ?と言いたい。

  • 車内では携帯の音を鳴らさないようにマナーモードにすることもせず着信音を大音量で鳴らし、平気で通話をする。

それは非常識とは言わないのか?

  • 並んでいる人の横から平気で横入りしてくるのは?

それは非常識では?

  • エレベーターに乗るために走り込めるのに、ベビーカーや松葉杖をついている人を置き去りにして、先に自分が乗り込んで移動してしまうのは?

それって、非常識って言いませんか?全く、今の老人たちの多くが、その人間性こそが非常識と、私は言いたい時がとっっっっっっっっっても多いです!!!!!!!!


老人ではない若年・中年世代の輩ども、

  • スマホゲームに夢中で、出入り口扉の前に陣取って、全く動こうとせずに乗降する人たちの多大な迷惑になっているのは、非常識では??
  • さして長くもない足を通路に投げ出して座っているのは、非常識では?

他者を責め立てる前に、まず、自分の日常している行動を見直してみなさいよ。それをしないでおきながら、よくもそれだけ他者を責め立てることができるものですわ。恥を知れ!と声を大にして言いたい。


この国、少子化が信じられないほどだということ、どれほどの人が気が付いているのでしょう?超超高齢化国家と成り果てている、世界に類を見ないほど老人ばかりになっているこの国。見事な逆ピラミッドの人口構成であり、今の年金も、社会もこのまま超少子化が続くのであれば、成り立たない構造になっていますけど。


話が少々ずれたかもしれませんが、この1歳の子供の首を絞めた22歳のクソガキ、まともな人間性を持っていませんわ。こういうバカには、決して自分の子供を持ってもらいたくないと心底思います。こういう他者への共感も、協調性も持たない人間は、自分の子供を虐待したり殺したりすると思えて仕方がないのです。


こういう事件を見るたびに思います。この日本、間違いなくまた天災が起こると。人心の乱れがあまりにもひどすぎます。人心乱れる時、天もまた乱れる。これは真実です。再度、3.11より大きな天災が起こらない限り、この国の人間は何も学ぼうとしないかもしれません。学ぶためには、そういう天災が起こるのも仕方ないでしょう。天災が起こらなくても学べるほど、今の人類の魂は十分成熟してません。その時には、この日本は存在していないかも知れませんが。でも、それが人類を進歩させるために必要なことなら、起こりうるのです。残念なことに、日本人は3.11から何も学んでいません。世界は、第二次大戦以後も戦争を続けていて、これまた何も学んでいません。学んでいなければ、学ばさせることが起こるのです。学ぶ時に、学べなかったことを、後から悔いるしかないのでしょう、現生人類は。情けないことですが、これが現実なら、致し方ないのでしょう。

2018年1月17日 (水)

23年目の阪神大震災の日です。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


今日、1/17日は阪神大震災の日です。23年もたちましたが、未だに被害者・経験者たちの心には、大きな傷が残っていることが、今朝のラジオで流れました。


当時のこと、未だに覚えています。何人かの患者さんたちに話したことがありますが、当日の朝5時45分に突然目が覚めました。時計を見て、なぜこの時間に目が覚めたのか、全く理解できず、布団をかぶって二度寝をしようとしたところ、ここ愛知でも震度4の縦揺れに襲われました。(正直、縦揺れを体験したのは、このときが初めてでした。3.11は、長時間にわたる横揺れでしたし。)いつも枕元に置いてあった、アメリカにいたときに買っておいた軍用ケブラーヘルメットを頭にかぶりました。😅時間がたつにつれ、その被害の大きさがどんどんわかり、これは大変なことだ、と心底思ったことを今でも覚えています。


そして今朝方早く、なぜか5時に目が覚めてそのまま寝付かれませんでした。まるで、震災被害者・経験者の方々と気持ちがシンクロしているかのように。6時を過ぎてようやくウトウトし始め、6時30にいつも通り起き、ラジオをつけて今日が震災の日だと思い出しました。あぁ、だからなぜか5時に目が覚めてしまったのかもしれない、と改めて思った次第です。


23年です。23年たってもまだ大きな傷を残しています。阪神大震災よりもっと大きかった3.11の震災は、未だ、なんら回復が進んでいるとは、到底いえないのです。昨年起こった熊本震災でも、全く同じです。この国の、政府の無能さが露呈しています。


日本人の悪いところ、時間がたつにつれてそれを忘れていく人があまりにも多い、ということです。なにより、行政がアホすぎると。伝えていかなくてはいけないことを伝えず、自分たちに都合の悪い部分はひた隠しに隠し、それでいて自分たちに都合のよいように改悪していく。これが日本の行政のあり方です。前述したように、日本人は本当に忘れっぽい。なぜこんなに忘れっぽいのか、心底疑問に思います。


忘れた方がいいことと、忘れてはいけないこと。この選択がきちんとできていない。国民が忘れそうなら、行政が忘れさせないように手を打たなくてはいけないはずです。ですが、その行政が率先して、過去のこととして忘れようと行動しているとしか思えません。忘れさせてしまえば、こちらの物、ということでしょうか?もしそうなら、日本の行政はとんでもない、馬鹿の集まりでしかありません。


私も一応、生き延びるための備蓄をしてあります。アウトドアが好きなので、火をおこすこともできるし、その準備もしてあります。ですが、多くの人がそんな技術も知識もなく、行政に頼っているのが日本です。ですが、いざというときにその行政が守ってくれると、本気で思っています?


先日、久しぶりに子供たちに会えたので、初めてナイフの使い方を教えました。次回は、火の付け方を教える予定です。私が生きている間に、私が得た知恵を伝えなくてはなりません。金の稼ぎ方?そんな下らんこと、どうでもいいです。(ですが、現代社会では、こちらの方が重要視されますよね〜。いざ災害が起こったとき、一番頼りになるのは何ですか?金を稼ぐ知識が、災害時に役に立ちますか?そんな知識、糞の役にも立ちませんよ。)生き延びるために、ナイフの使い方、火の付け方、食事の準備の仕方、シェルターの作り方などなど、『生き延びるために必要なこと』を伝えるのが親の務めだと思います。知らないなら、知っている人に頼ればいい?巨大災害時、特に災害直後においては、自分の身を守ることが精一杯で、他者のことまで気が回りません。そのときは、自分の身は自分で守る、ということしかできないのです。そういうときに、他者に頼ればいい?助けてもらえると、本気で思いますか?


驚くことに、今では学校で、マッチを使わないとか。(家庭では、オール電化のせいで、ガスの火をつけられないとか。信じられん!😱)林間学校では、火の付け方を教えず、教師が着火剤を薪に塗り、教師が火をつけると聞き及びました。なにそれ?林間学校で、どのように薪を組み、どうしたら火をつけられるか?というのを実地で学び、経験し、知恵にするのが林間学校なのではないですか?まともに火がつけられなければ、満足な食事もとれないことを、身をもって学ぶのが林間学校では?意味がわかりません!ライターは放電部分の故障や濡れに弱いです。マッチなら、多少濡れてもなんとかなる方法がありますし、防水マッチもあります。結局、原始的と言われている物が、一番確実なのですよ。だけど、今の子供たちは(下手したら大人でも)マッチの擦り方を知らないかもしれない。夏ならまだしも、阪神大震災のような冬場なら、火をおこせなかったら生死に関わります。あと、火をおこせるからこそ、人間なのです。火をおこせないのは、人間とはいえないです。これは個人的意見ですよ。


ナイフの使い方も、火のおこし方も、大人が一方的に危険だと言って子供たちから遠ざけた結果が、今の社会なのでしょう。身をもってナイフで指を切って、血が噴き出すことも経験していないので、他者に平気でナイフを向ける。火の熱さと火傷を経験していないから、簡単に放火をするのでしょう。人は想像力を持っていますが、現代人はその想像力があまりにも欠如していますので、経験でその身に覚えさせないとならないと、真摯に思います。勉強ができるなら大丈夫?んなわけあるわけない!勉強ができるのと、他者のことを想像して他者に危害を加えない、というのは全く別のことです。このことがわかっていない親があまりにも多いので、今の社会はこれほど荒廃しつつあるのでしょう。今のままだと、日本社会はさらに荒廃した、とんでもない国になっていくことかと。せっかく3.11が教えてくれたのに、もう糞政府は当然のことながら、電力会社も行政も、なにより国民が、その教えてくれたことを忘れようとしているのが、なんともはや、悲しい限りです。この状態では、近いうちにまた3.11クラスの、いや、もっと大きな災害が起こります。3.11クラスの災害では、日本人が何も学ばなかったと自然(神)が判断したら、日本人が心底学ぶように、より大きな災害が起こってもおかしくないのです。そして、その日は余り遠くない、と私はかなり危惧しています。

2018年1月 4日 (木)

2017から2018の年末年始

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


確か昨年も、子供たちに会う直前に同じことが起きたような・・・。


今回は、31日に舌に巨大な血豆ができました。痛くて痛くて何も食べられず、酒ばかり飲む羽目に。舌をかんでませんよー。噛んでもいないのに、なぜか舌に巨大な血豆ができたのです。もうね〜、東洋医学的には、舌は心の経絡と深い関わりがあります。う〜む、年末の最終日に一年の疲れ?が一気に現れたような・・・。血豆は瘀血と東洋医学では捉えます。


普通の血豆でしたら、一晩寝れば大抵消えます。ですが、今回のは根性(?)が違ってました。翌1/1の朝になってもしっかりその形状を維持したままでした。これって、31日の夜に年越しそばを食べたから?食べなかったら寝ている間によくなっていた?わかりません。


血豆の瘀血が引いたのは、1/1の夕方になってから。ですが、その後に逆に痛みが出始めまして。今日明日、明後日あたりがその痛みのピーク!だと思われます。話すだけでも痛いです。口を開くだけでも痛い・・・。相変わらず一日一食ですが、また絶食しないと治りが悪いのかもしれません。


年末年始、私の脾の経絡さらに弱まっているのかぁ〜?と。酒ばっかり飲んでいるので、それが悪いのかもしれませんが。ん〜、年始からこのていたらくぶりでは、今年も胃腸の悪さがずっとついて回るのかもしれません。とほほ〜。

2017年12月26日 (火)

あおり運転に対して厳罰化!

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


いや、ようやくか、という感が強いですが、それでもこういう積極的な態度は評価できます。


あおり運転:暴行容疑で立件検討 警察庁が全国に指示
2017年12月26日 00時31分 毎日新聞

 道路上で車をあおったり、幅寄せしたりする危険行為をするドライバーについて、警察庁は、直接の暴力行為がなくても刑法の暴行容疑での立件を検討するよう全国の警察に指示した。あおり運転に道路交通法ではなく、暴行容疑を適用したケースは非常に少ないとみられることから、警察庁が積極的な捜査を促した形だ。

 警察庁によると、あおり運転を暴行容疑で適用した事例は集計していないという。しかし、あおり運転を巡る1975年の東京高裁判決は「交通上の危険につながることは明白で、刑法上、相手ドライバーに対する暴行罪にあたる」と判断している。

 このため、警察庁は今月12日、各都道府県警に対する文書で、同高裁判決を示すとともに、あおり運転の取り締まりの強化を指示。あおり運転をした後に、被害者を殴ったり脅迫したりした悪質なドライバーについては、刑法での立件とともに免許停止処分にすることも求めた。【川上晃弘】


人って、自分が環境から守られていて、絶対的な安全を感じているときほど『傲慢』になりますね。これは政治屋もそうですが、警官(バックが国だし〜)、自衛官、地方公務員、大企業の社員も全く同じ心理的な状態になります。いや、断言できますわ。自分が何をしても、バックの強大な力を持っているものが、自分に変わって守ってくれると思っているから、何でも好き勝手できるのです。私自身もトヨタにいたときに、そういう下請けさんたちに傲慢な態度をしていた20代のアホ共をこの目で見てきていますし、社内で肩書きのあるアホが、自分がトヨタを支えているんだと傲慢な態度をとっているのを見ていますので、言い切れます。トヨタがそうなら、他の大企業もまず同じですよ。人間って、他職業でも他会社でも早々変わらないので。


あおり運転をするような、未熟で卑怯な人間も全く同じです。車内という閉鎖空間、周りの環境から守られているという感覚が、自分がその空間内では『絶対的な存在』になるのです。そこで、自分も神と同じく絶対低な存在だと『勘違い』して、他者へのあおり運転となると私は見ています。自分を第三者の視点から観察できない、自分で自分を律することのできない、実に未熟な人間ほど、あおり運転をするはずです。未だにたまに走り回っている、暴走族も同じですね。あやつらは本当に未熟な糞ガキが、自らの存在を知らしめるという他者認証をほしがって、ああいう行動をとっているのです。


逆に、あおり運転をされたら、「あぁ、人間的に未熟な糞ガキが運転しているわ。巻き込まれないようにしよっと」と、心理的余裕を持てる人間であってください。あおられて焦る必要はありません。むしろ、深呼吸をして落ち着いてください。そして、自衛のためにドライブレコーダーを。それも前後の撮影ができるものを。その出費で、アホで未熟な馬鹿者にあおられたときに、自分や車内の家族を守ることができるのですから。


正直、免許交付に対して、その人間の精神状態や思考形態をトコトン調べるべきだと思いますけどね。思考形態が自己中心的な未熟であり、他者への共感もないようなら、免許を交付してはいけないと思うのですよ。同様に、警官も地方公務員も、国家公務員、政治屋共も全く同じです。他者への影響力が高い職ほど、その人間性をしっかり確認した方がいいと思うのです。あ、医師も同じです。そういう輩の人間性が高まれば、嫌でもこの世界は変わるはずなのですけど。


免許の交付が厳しくなれば、交通量も減るし、人間性のまともな人が運転するなら、事故も減ることでしょう。そうなれば、交通事故で悲しい思いをする人が間違いなく減ります。交通量が減れば大気汚染も減りますし、石油依存度も減ります。そうなれば、嫌でもエネルギー革命とも言うべき、環境と人に優しいエネルギー消費に向かうと思うんです。自動車会社は石油業界と結託していますので、免許交付が厳しくなり、運転者数が減れば売れる車数も減るので、製造減少になります。製造が厳しくなれば、より事故を起こさないための安全性に対して積極的になるはずです。安全性に積極的にならなければ、売れないのだから、安全性に血道を上げなくてはならないはずです。結果、自動車の歩行者などに対する安全性が高まれば、さらに交通事故が減るはずです。個人的には、かなり理論的だと思うのですが?どう思います?現代の、金至上主義で儲けのためなら何人人が死のうがかまったこっちゃねーという社会から、全く逆の世界になるかもしれないのです。どちらの世界の方がいいですか?


まぁ、つらつらと書きましたが、あおり運転に対して厳罰化は必須です。あまりにも馬鹿が多すぎるのですから。

2017年12月25日 (月)

ようやく発送し終えました。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


ようやく、ようやく海外の恩人・友人へのクリスマスカードと、国内の年賀状を今日発送し終えました。は〜、昨年とは違ってクリスマス当日に送るなんて、今年は遅れに遅れています。😥


同様、ブログも遅れに遅れています〜。


さて、心機一転、今月見た映画批評を一気に書き上げるつもりです。💪🏻


あ、あくまで”つもり”です・・・。(今のうちから言い訳を書いておくあたり、ヘタレですね〜。😭)

2017年11月 2日 (木)

大阪府立高校の髪染め強要は、人権無視ですわ

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


大阪の府立懐風館高校で、女子生徒が生まれつき髪の毛の色が薄いことに対して、髪染めの強要、さらに母子家庭だからと言うことまで揶揄されたようですね。それどころか、修学旅行も参加させられず、ほかの生徒たちには退学したと説明していたようですね。


全く、今の時代になってもこんな馬鹿な高校が存在しているのが、心底驚きますわ。あぁ、私のでた東○高校も、そう変わらなかったなぁ、と思ってしまいました。○郷高校も、髪の毛の色まで当時校則に書かれていたと記憶しています。とにかく規則規則。生徒の自主性なんてはなから存在せず、奴隷のように教師の、高校の言うことに従えという軍国主義高校でしたからね〜。今でも当時の教師に会ったら、その場で殴りつけたい(暴行になってしまうか・・・)ですわ。


でもこの懐風館高校、驚いたのが『金髪外国人留学生でも、規則だから黒く染めさせる』と言ったとか。おいおいおい、本当にどういう高校だ?!もし、本当に金髪留学生にまで強要したら、完全に人権侵害以外の何者でもありませんわ。この高校、校長からして人種差別主義者じゃないの?と思えてしまいます。人種差別する輩は、他人の人権など無視しますので。とにかく立場的弱者(生徒)を立場的強者(教師ども)が、自分たちの都合のよいようにコントロールしたくて仕方ない高校ですね。腐っているわ〜。


金髪外国人留学生でも規則だから染めさせる、というのであれば、逆の立場になったら、これを言い放った高校や教師はどうおもうか?です。例えば、丸坊主が規則になっている国に行ったら、この高校の教師や校長たちは丸坊主にするのか?ですわ。素直にその規則に従うのか?です。黒髪を金髪に脱色しろ、という規則なら、この被害に遭った女生徒のように、頭皮がボロボロになってでも脱色するのか?ということです。自分たちは何もしないくせに、立場の弱い生徒たちには強要する。本当に、こういう腐りきっている高校には腹が立って仕方がありません。この強要、私の高校時代と同じですから、余計に腹が立って仕方がないです。


府側は争うようですが、もしそうなら、府も馬鹿揃いじゃないの?と思いますね。自分の子供がそんな目に遭ったら、どう思う?ということです。この高校の教師どもも、自分の子供が同じ目に遭っても、規則だからと言って我慢するの?我慢できるの?


全く、今の日本は、本当に他者への寛容さがなくなっていますね。他者への非寛容さは、巡り巡って結局自分にすべて、しかも利子をつけて跳ね返ってくるのですけど。

2017年7月 8日 (土)

献血70回だとか

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


おぉ、一気にブログ更新ですね。やるときに一気にやる、というのが私のスタイル・・・。一部の、私のブログを定期的にチェックをされている希有な患者さんからすると、ブログが(定期的に)更新されていないと「死んでんじゃね?」と言われている私です。


さて、先日の献血で70回目ということで、表彰をしたいのですけど、と受付で言われました。は?なにそれ?というのが私の反応でした。


献血を私がするのは、私のような最低の輩でも、この血が苦しんでいる他者の役に立つのなら、この世に生きている意味が少し見えるな、という理由でしているのです。医療者として最低ですか?本当にそうですか?こう書く理由はですね、他者の善意で提供された献血を一番使う医師のほとんどが、献血をしたことがないという事実。さらに付け加えるなら、医師のほとんどが臓器移植の同意書(免許証の裏にありますよね?)にサインをしていないという事実を知ってもいえますか?私は鍼灸師になる前から臓器移植の同意書にサインしていますし、骨髄バンクにも登録しています。あ!この骨髄バンクに対して文句が言いたいことがあったのこと、書くのを忘れていました!これは書かなくては!医療者としてかなり腹が立ったので。


私は自分自身が最低の人間だと思っています。なぜ生きているのだろう?と思うぐらいです。そんな輩でも、なぜか気を感じることができる。そしてその能力で(実際は誰でもこの能力を持っています。ただ、その能力を磨く練習をするかどうかだけのことです)病に苦しんでいる他者を助けることができるのなら、この与えられた能力を使わないのは神への冒涜です。ならば、私が死ぬまで他者のためにこの与えられた能力を使い続けるのが使命。そして私の血でも他者を助ける可能性があるのなら、それを提供するのもまた使命と考えているだけです。


そういう考えで献血をしているのですが、今回合計で70回だとかで表彰式と景品授与に参加されますか?と。もうね、実にくだらない。私は、私の信念に従って献血をしているだけで、それを他者から「すごいね!(だから)表彰してあげるよ!景品もあげるよ!」と押しつけられるのが我慢なりません。


当然、辞退しました。要らないもの。表彰状も、景品も、そんなもの貰ったって、なんの役に立ちますか?最低限の、私の自尊心すら満たすどころか、その自尊心すら逆に傷つけるものです。


こう書くと、普通の人からすると、他者があなたの行動を認めてくれているのだから素直に受けたら?といわれますが、他者の評価などどうでもいいのです。私にとっては、「私自身が死ぬときに後悔したくない選択を、その瞬間瞬間に、迷いなく、霊的な教えに従ってなしえたかどうか?」の方が最上位に大切なのです。幼少時から私はひねくれ者でしたので。高校の時も、片道7km以上を歩いていました。バスもありましたし、自転車通学も認められていましたが拒否。理由は、一番近いバス停まで20分かかる。自転車通学なら、高校生にもなってヘルメット着用が強制。どちらも馬鹿らしかったので歩くのを選んだだけです。そう、完全な、自己満足です。ですが、高校2年の時、奇しくも2年間無欠席無遅刻ということになり、教師たちから祭り上げられてしまい、皆勤賞の総代となってしまいました。屈辱sign03(私が歩いて通学していたのをなぜ知っていたのか、そちらの方が疑問です。)私のいた高校は、生徒に人権を与えられなかった東○高校でしたので、拒否は始めからありません。(無理矢理)総代にされ、校長から賞状を受け取る羽目に。私個人は、かなり眉間にしわを寄せていたと思っていたのですが、あとで数少ない級友に聞くと、壇上から降りてくるときになぜか口元がにやついていたぞ、と。あれ?その性でしょうか、総代として受けた賞状を学年主任に渡したときににらまれたのは。う〜ん、にやついたように見えたのでしょうが、私としては自分の意思に反した行動をとっていることに腹を立てていたのですが、それが端から見るとニヤついていたと見えていたようです。まぁ、とにかく、昔から私は私が自分自身の自己満足のためにしたことを、他者から「すごい」と言われることが我慢ならない性格だということです。だから私のホームページにも、私のこの気を感じとれる能力は、誰でも練習すれば体得可能なのです、と書いているのです。それは事実であり、覆せないことだからですsign03


あぁ、もしかしたら死ぬ瞬間に、「しまった!この70回目の表彰を受けておけばよかった!」と思うかもしれませんけどね。あっはっは、まずありえませんけど。🤣


厳密に書くと、実際は100回を超えています、献血回数。なぜって、私が留学中にしたアメリカでの献血回数(その献血回数カードは手元にあるし、帰国して最初の献血の時にそう告げたけど)は『日本ではない』ということでカウントされていないからでーす。こういうところでも、差別を感じましたね〜。ちなみに、アメリカの献血は一回1パイント。約450mlです。日本の400mlより多いです。体格の違いでしょうね。今でも覚えていて笑えるのですが、アメフトの選手が献血直後にぶっ倒れたのをこの目で見ています。逆に私は、450ml献血直後、5分以上走って次の講義へと向かっています。男の方が血に弱いのは本当ですし、体格がいいから献血しても問題ない、という先入観は大間違いです。


あぁ、こう書いてきて、私のことを素直に表彰を受けない糞野郎と思いたい人はどうぞ。その評価でかまいません。あと、私は献血70回の表彰を受けた人をけなしていないことを忘れずに。表彰を受けたい人はどうぞ。私は受けたくない理由を書いただけですので。受けたい人は受ければいいだけのこと。受けた人・受けたい人をけなしてはいません。


性格がねじ曲がってますか?ん〜、そういう人間がいた方が、この腐った社会の調味料になりません?こんな私ですけども、私が心底集中し、努力したことは、他者から褒められると、むちゃくちゃうれしいです。例えば、最新(西洋)医療についてとか。これは日々、アンテナを張って努力して、最新情報を収集して、自分の知識のアップデートをしています。そういう、私自身が努力していることを他者から認められることは、天にも昇るほどうれしいです。そして、多くの西洋医師や鍼灸師のように、国家資格取得後、全く勉強しなくなる輩達とは違うと認められることは、本当にうれしいのです。今でもうれしいのは、元日赤の医師から、「よく勉強しているね」と言われたこと。これは未だに私の心の支えの一つになっています。

2017年5月20日 (土)

共謀罪が衆議院通過。この国民は本当にバカばっかりなの?

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


この国は、この国民は、やはりもう一度第二次大戦中の不自由を味あわないとダメなのかもしれません。第二次大戦中、特高警察と呼ばれる国家機関により、どれだけ多くの人たちが罪なき理由で拘束、拷問を受けたか!!特高警察は、後ろ盾が国家と言うことで、やりたい放題やったところです。それがそのまま今の公安として残っていますけどね。


昨日、共謀罪が衆議院を糞自民が数の暴力でもって無理矢理通しました。まったく、これが民主主義とは片腹痛い!何度も書いていますが、今の糞自民がやっていることは、北朝鮮や中国と同じく、一党独裁の独裁政権です。なぜ、多くの日本人がそのことに気がついていないのか?


なにより悲しいのが、その糞自民を支持する、つまり票を入れる国民がこれほど多いことに、反吐が出るほど悲しみと苦痛を感じます。


後になって、『こんなはずじゃなかった』と不平不満を言っても遅いんですよ!そうならないための、選挙であり、投票権なのですから。自ら間違ったバカに票を入れておきながら、後になって『そんな風になるとは思っていなかった』と言っても遅いんです!糞安倍政権になってから、やつが一度でも『国民に説明する』と言っておきながら、説明をしたことがありましたか?一度としてないですよ!!その場しのぎ、今のアメリカ大統領のトランプと全く同じ、息をするように嘘をつく不誠実の塊の人間なのです。そのような腐った人間に、投票して権力を与えたのは、自民党を選んだこの国民です。


もうね、冒頭の通り、この国民はもう一度戦中の苦しみを味あわないといけないのでしょう。そのために、どれほどの無関係の人たちの血が流されるか。いいですか、いつの世も、いつの時代も、権力を持った腐った人間共は、その血を流すこともなく、その手を汚すこともなく、全く無関係の人間たちを殺してきたのです。第二次大戦中、権力の中枢に居た糞共が、戦中、最前線に行ったと思いますか?戦死したと思いますか?これは同じ敗戦国のドイツでも全く同じでした。SSにいた輩どもは、戦後うまく警察や政府の中枢に入り込みました。ですが、日本とドイツの違うところは一つ。ドイツは、戦後処理をしっかりやったことです。日本はしていません。うやむやにしてしまっているのです。ドイツは戦後処理をしっかりやったため、アイスマン裁判などを通して、政府の中枢に巣くっていた元SSまであぶり出したようです。


国連報告者まで、この共謀罪があまりに危険性をはらんでいるとして、日本政府に書簡を送っています。これほど、世界の目で見ると危険な法案が通ろうとしていること、共謀罪に賛成しているアホ共は全く理解していないと言えます。賛成しているアホ共は、自分たちは『正しいことをしているから』共謀罪の対象にされることは決してない、と思い込んでいるのでしょう。果たして本当にそうか?未来永劫、自分と自分の家族が、いわれのない共謀罪の対象にされないと言い切れるのか?そんな保証はどこにもないのですよ。この共謀罪によって、警察は警察の『思い込み』だけでいくらでも捜査、逮捕できるという権力を得てしまうのです。今でも、沖縄でバイオロボットの機動隊が、無実の人たちに対して暴行を働いています。これがもっとひどくなると言うことです。いいですか、再度書きますが、『警察や国の思い込みだけで』捜査、逮捕できる社会になってしまうのです。これって、今の多くの日本人、官僚や政治屋共が嫌っている、中国、北朝鮮とどこが違います?全く同じですよね?民主主義の根幹として、表現の自由があります。その表現の自由が奪われる、と言うことなのですよ!この分では、次に来るのは『密告奨励』ですね。まさに、まさに多くの日本人が嫌っている、中国や北朝鮮と全く同じ社会になってきているのです。


この国民は、バカばっかりになってしまったようです。戦中の苦しみを再度あじあわないと、いったい自分たちが何をしてしまったのか、どんな馬鹿野郎に権力を与えてしまったのか、そのことを理解できないのでしょうね。後悔先に立たず、と言う格言は真実です。そして、この国民は戦後70年、たった70年でまた元の不自由な世の中に戻り始めているというバカ共ばかりという証明です。他の諸国からは、今の日本は明らかに世界で一番急激に右翼化している国だと思われていますよ。


お上が守ってくれる?そんな幻想、どうしていつまでも持ち続けられるのか、心底不思議ですわ。会社でもそうでしょ?上司が、会社が従業員を守ったことがありましたか?いつもいつも、権力を持った輩は弱者を切り捨ててきました。その対象が、次はあなた、と言うことです。そして、その権力をもっているバカ共を選んだ、つまりその権力を与えたのは、糞自民に投票したあなたたち自身だと言うことです。まさに、自らまいた種を自ら刈り取っているのです。


プライバシー制約の恐れ 国連報告者、政府に書簡
毎日新聞2017年5月19日 20時13分(最終更新 5月19日 20時13分)
https://mainichi.jp/articles/20170520/k00/00m/010/090000c?ck=1

 プライバシーの権利に関するケナタッチ国連特別報告者は19日までに、衆院法務委員会で可決された「共謀罪」法案について、「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と懸念を示す書簡を日本政府に送った。対象となる犯罪が幅広く、テロや組織犯罪と無関係なものも含まれる可能性があることなどを理由に挙げた。

 書簡は18日付で、安倍晋三首相宛て。法案にある「計画」や「準備行為」の定義があいまいで、恣意(しい)的に適用される可能性があると指摘。いかなる行為が処罰の対象となるかも明記されておらず問題があるとしている。

 特別報告者は特定の国やテーマ別の人権状況について事実調査・監視を実施。ケナタッチ氏はマルタ出身のIT法の専門家で、2015年に国連人権理事会により任命された。(共同)



共謀罪採決強行:最後は数の力 国会内外、嘆き憤り
2017年05月19日 22時31分 毎日新聞

 最後は「数の力」で押し切った。「共謀罪」の成立要件を改めた「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案を審議した19日の衆院法務委員会。自民、公明両党と日本維新の会は審議時間が「目安」の30時間に達すると、大勢の野党議員からのヤジと怒号にひるむことなく、淡々と採決し、可決した。深まりや歩み寄りのない議事に、国会の内外では嘆きや憤りの声が相次いだ。

 採決強行は、用意周到な「共謀」を基に進められた。

 午後1時過ぎ。日本維新の会の丸山穂高氏は、いずれも自民党の土屋正忠氏と鈴木淳司委員長に呼びかける形で「質疑終了後、直ちに採決に入るようお願いして終わる」と述べた。すると土屋氏は、鈴木委員長の指名を受け、すぐさま質疑終局と討論省略の動議を読み上げ始めた。

 「何を言っているんだ」「おかしいだろ」。議員席を取り囲むようにして詰めかけた大勢の野党議員から怒号が飛ぶ。野党議員たちは土屋氏、鈴木委員長の順で詰め寄ったが、2人とも動じるそぶりはない。

 2人の発言はヤジでかき消され、何を言っているのかは判然としない。それでも、鈴木委員長の近くに立つ与党議員が身ぶりで起立を促すと、自民、公明、維新の議員が一斉に立ち上がった。

 衆院事務局によると、起立採決は、公明党の国重徹氏による付帯決議読み上げとそれを受けた金田勝年法相の発言を挟んで計5回。この間約5分だった。いずれも自民、公明、維新の賛成多数で可決され、散会となった。

 終了後、鈴木委員長はさばさばとした表情で報道陣の前へ。「残念ながらこういう形になった」と述べて立ち去った。

 民進党の逢坂誠二氏(野党筆頭理事)は怒りをあらわにした。「だまし討ちだ。こんなの民主主義のプロセスでも何でもない。『法の支配』だとか、よく言えたものだ」。山尾志桜里氏(民進)も「全くもって信じられない、政権与党のやり方だ」と顔を真っ赤にした。

 この日、最後まで報道陣の囲み取材に応じた金田法相はこう述べた。「党派を超えて理解していただくことが大切で、努力は重ねたつもりだ」【遠藤拓、島田信幸、巽賢司】

各地で抗議

東 京

 採決が強行された直後の19日午後、超党派議員連盟「立憲フォーラム」と市民団体「戦争をさせない1000人委員会」は参議院議員会館で集会を開き、参加者が「政府に盾突く声を上げさせないための法案だ」と口々に非難した。参加した埼玉県三郷市の元中学校教員、菊地一成さん(62)は「(成立すれば)盗聴など捜査手法も変わるはずで、不安を感じている。数の力で押し切られ、あそこまでひどい採決になるとは」と批判した。

 同日夜には、国会前で複数の市民団体が反対集会を実施。参加者が「共謀罪、NO!」と書かれた黄色のプラカードを手に「強行採決、断固糾弾」などと声を張り上げた。

 千葉県松戸市の会社員、赤坂汐里さん(27)は「法解釈次第で、集会に行くだけで捜査対象になるのではないかと感じている。政府は参院ではしっかり説明してほしい」と訴えた。【巽賢司】

沖 縄

 「沖縄の基地反対運動の抑圧につながるとんでもない法律。廃案にするしかない」。政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を名護市辺野古に移設する計画に反対して抗議活動を続ける「ヘリ基地反対協議会」の安次富(あしとみ)浩共同代表(70)は強い口調で話した。

 政府は4月25日に辺野古の海の埋め立て作業に着手。安次富さんたちは連日、米軍キャンプ・シュワブ前に座り込んだりして移設反対を訴えている。

 抗議活動を巡っては沖縄平和運動センターの山城博治議長(64)が威力業務妨害容疑などで逮捕され、約5カ月にわたって勾留されるなどした。安次富さんは「権力側がどんな形で『共謀罪』を適用してくるのか想像もつかない」と不安げに語った。【樋口岳大】

西日本

 西日本の各地でも、市民が採決強行に抗議の声を上げた。

 京都市役所前であった反対集会には約600人(主催者発表)が参加。作家の瀬戸内寂聴さんらが呼び掛け人の「戦争をさせない京都1000人委員会」が主催し、運営委員で高校教諭の小鍜治(こかじ)啓さん(58)は「このままでは『戦後』が『戦前』になる。粘り強く行動したい」と訴えた。参加者は「NO! 共謀罪」と書かれたプラカードを掲げて市中心部をデモ行進。京都市の団体職員、堀川朗子さん(30)は「国民への説明が十分にされないままの強行採決。許せない。監視の目が国民に向けられることに恐怖を感じる」と話した。

 JR大阪駅付近では市民団体「共謀罪あかんやろ!オール大阪」が抗議集会を開いた。団体によると、約100人が参加。横断幕を掲げるなどし「国家による監視社会を作る『共謀罪』は廃案にすべきだ」と訴えた。

 金沢市の喫茶店では主婦ら10人が集まり、金田勝年法相らと野党議員のかみ合わないやり取りを再現し、審議の不十分さをアピール。金沢弁護士会の飯森和彦弁護士(60)は「メールなど広く通信傍受が行われる」と懸念した。集会中に採決の報が入り、市井早苗さん(39)は「数の力に押し通され、むなしい」と話した。【国本ようこ、加藤佑輔、石川将来】

北海道

 北海道内では札幌市や旭川市の繁華街に市民らが集まり、抗議の声を上げた。

 学者らでつくる「北海道平和運動フォーラム」が札幌市中央区の大通公園で開いた集会には約750人が参加。北海道憲法共同センターの黒沢幸一共同代表は「共謀罪は戦争法を仕上げていく動きであり、憲法は一行たりとも変えさせないための声を上げ続けよう」と呼びかけた。参加者は「言論封じの法律、いらない」と声を上げ、札幌駅前通をデモ行進した。

 旭川市では約50人がJR旭川駅前の平和通買物公園で街頭活動。「テロ対策と思わせて自由を奪う共謀罪に反対」などと書かれた横断幕を手に、通行人らに「止めるのは市民の声」などと呼びかけたりした。【真貝恒平】

2017年4月24日 (月)

私自身が自分の治療を受けたいわ!

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。

ギブスがとれ、日中動くときは簡易ギブスをつけて動いています。それでも片足を引きずりながらの歩行ですし、治療中などは右膝を立てたままの姿勢を取ることがほとんどです。

この姿勢と歩行の性で、左足首、左股関節、右股関節に変な痛みが出始めてます。これが、人間の体は一体であり、西洋医学が考えるような、部品部品で組み上がっている機械ではない、と言うことの証拠です。確かに、骨や筋肉と言ったものを部品と考えることもできますが、それらが非常に巧妙精緻に、人間ではそのようにつなぎ合わせることなど到底不可能という状態になっていること。これはもう、まさに神の手になる芸術としか言い様がありません。人間ごときが、神の手による芸術作品と同じことをしようとしたって、無理なのは明白です。もし、そんなことが可能なら、手術の後で、その後遺症に悩む人など誰一人いないことになります。手術を受けたのに、後遺症で苦しむのは当たり前とか、そんな後遺症が出ることはないと言う人、それはあなた自身が手術を受けたことがあるのか?と声を大にして問いかけますよ。

すべての筋肉、関節が精緻巧妙に連携してできあがっているのが人体です。今回、私は足首の骨折ですが、そのせいで他の関節に痛みが出る。これは当然のことです。だからこそ、本来の医療者の治療というものは、体全身を診た上で、全身に対して治療を施すものでなくてはならないはずです。違いますか?私の述べていることは、おかしいですか?

西洋医学は、この全身を診ることができない医療です。理由は前出のように、人体を機械としてみているからです。部品として人体の構成部分を見ているから、壊れたら交換すればいい、悪くなった部分は新しいものにしてしまえばいい。そう、その悪くなった部分しか見ていないのです。機械ならそれでいいでしょう。悪くなった部品を交換すれば、元のように動き出すわけですから。人間はそうはいかないのですよ。たとえば、人工股関節。悪くなった股関節を人工股関節に交換すれば、見かけは正常に見えます。ところが、実際は手術後の傷がうずいたり、問題のないはずの人工股関節なのにそこに痛みが出たり、自前の股関節の時とは違って可動域に制限が出ますし、患者さんは常々ちょっとでも無理をしたら外れるのではないか?と非常に気にしておられます。これって、QOLに大きな不安を残したままと言うことでは?

西洋医学を全否定しているわけじゃないですよ。潰れてしまってどうしようもない関節を、人工物に置き換えることによって、とりあえず日常生活を送れるようにする技術はすごいものです。感染症に対する抗生物質も、それは素晴らしいのです。ただ、西洋医学はそこ止まり。もともとの、戦場医学がその発端である西洋医学は、汎用性がないといえます。つまり、慢性疾患や、私のように一箇所を痛めた故に他の場所に異常が起こっても対処のしようがない。逆に東洋医学はどうか?といいますと、慢性疾患や私のような症状には十二分に対処可能ですが、潰れた関節を元に戻すことなど不可能ですし、感染症に対しても抗生物質ほどの劇的効果を持っていません。東洋医学は戦場医学として起こったものではなく、人間が日常生活を送っている中で必要となり、発達してきた医学なのです。

根性坐骨神経症およびヘルニアの時より、他の場所への影響が強いのが今回の骨折ですね。痛みの程度で言えば、根性坐骨神経症やヘルニアの方が、今回の骨折より100倍以上痛いですけど!!どれほどの痛みか想像できない人は、私の以前のブログを読んでみるといいですわ。そこに、ヘルニアと根性坐骨神経症の痛みについてつらつら書いてあります。日常生活の不自由さはほぼ同程度といえますが、他の関節などへの影響度は骨折の方がずっと高いです。

近所に、私と同じように全身を診ることのできる鍼灸師がいればいいのですが、どうも居ないようです。ま、当然でしょうか。ほとんどの今の鍼灸師は、西洋医師と同じく、その場所しか診ることができませんので。本来の意味での鍼灸治療ができる人は、実に少ないのですよ。その分、困る患者さんが増えるわけですし、西洋医師とは患者の取り合いになって争うことになるわけで。

なぜ全身を診ることのできる鍼灸師がほとんどいないのか?まず、学校で教えないことがその理由の一つ。全身を診ることのできる鍼灸師が学校で教えないことがその二つ。特に、鍼灸学校で、全身治療の重要性を教えないのが一番の問題かと思います。なにせ、教師自身が全身治療ができない。できないから学生に教えることができない。まさに悪循環!その結果、排出する卒業生は当然全身治療ができない。患者は治らない。当然の帰結として、鍼灸治療は効果がないとレッテルを貼られます。鍼灸教育が変わらない限り、この悪循環は断ち切れないと思いますね。と同時に、全身治療ができる鍼灸師がいかに貴重であり、そんな鍼灸師に巡り会えて治療を受けている患者さんたちは、とても幸運だと思います。

現在、ある意味障害者であり、きちんと対処できる鍼灸治療をのぞみながらそれを行える鍼灸師がいないことにほぼ絶望している私です。

2017年4月 8日 (土)

日本人は冷たい。これは本当だと思いますね。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


骨折してから、移動時にはほぼ必ず松葉杖をついています。まだギプスがとれないので、仕方ないと言えば仕方ありません。


さて、タイトルの『日本人は冷たい』ですが、これって、元ネタはラジオからです。ラジオのCMで『日本人は冷たくない』というのが流れます。


さて、本当だろうか?自分自身が骨折して、松葉杖を使っている身で体験してきたことを思うと、正直、『日本人は冷たい』としか言い様がないです。


目の前で往診用の大きなダッフルバッグを背負ったまま、もしくはダッフルバッグを足もとにおいて、松葉杖にすがって立っている私を気がつく人がいないという現実。目の前に松葉杖で立っている人間が立っていても、気がつかないのか無視しているのか、手元のスマホに夢中の人間たち。いや、実に面白いですわ。これが今の日本の社会の縮図なんだと改めて思い知りましたよ。


私に席を譲れと言っているんじゃないですよ。必ずおかしな勘違いをする人間が巷にあふれているので、わざわざ書きます。目の前に弱者がいても、そのことに対して何ら気にしない人間がこれほど多いと言うことを嘆いているだけです。私自身が医療者で、普段から肉体的にも精神的にも弱っている人に寄り添っているからなおさらそう感じるのかもしれません。たとえ今、あなたが健常であっても、明日もそうであるとは限らないのです。そんな保証は一切ありません。ならば、健常の時にこそ、非健常者に対して優しさを示すのが、成熟した人間ではないでしょうか?まぁ、今の日本で成熟した人間がどれほどいるのかは、はなはだ疑問ではありますけど。先日の復興相のように、この国の政府の今までの無策ぶりと、電力会社の金儲け主義によって起こった『人災』のせいで、生まれ育った場所を追われた人たちに対して、平気で『自己責任』と言い放つような、現状認識もできないとことん腐りきった輩が多すぎるのです。


弱者はとことん弱者でいろ、自分はそうじゃないから見て見ぬ振りをするわ、と言うことかな、と。弱者は隅で小さくしていろ。むしろ電車に乗るな、ということでしょうかね?


この短期間であっても、席を譲ってくれたのはたった2件。1件は小学生から、2件目は10代後半から20代とおぼしき女性から。
電車やエレベーターの扉が開く前から、走って飛び込んでくるような
『とてつもなく元気な』高齢者と呼ばれる年寄りたちから、席を譲られたことはただの一度もありませんよ。むしろ、そういう年寄りたちの方が質が悪いですね。自分たちの方が年寄りなのだからという自意識過剰があるのでしょうか、松葉杖をついている、明らかに不自由な人間より、年寄りの自分たちの方が優先されてしかるべきだという認識が強すぎると思いますわ。


並んでいる列に平気で割り込む、走ってエレベーターに飛び込めるほど元気な年寄りが、果たして年寄りと言っていいものかどうか?そして、そういう、むやみやたらに元気な、不自由のかけらも見られないような年寄りが、明らかに障害を現在抱えている人間を押しのけて自分たちを優先しろと言わんばかりの態度。これって、かなりの問題だと私は体験からいえます。


駅のエレベーターでもそうです。松葉杖をついて階段を昇降するのは、結構な恐怖を伴います。だからこそ、こういうときのためにエレベーターを使いますが、どこも悪くない、元気いっぱいの人間の方が急いでエレベーターに直進してきます。見てきた限りでは、そういうことをする人間は

  • 男より女の方が多く
  • 中年以降の人間

が明らかに多いです。医療者として、『そんなに元気なら、筋トレをかねて階段をつかわんかい!』と怒鳴りたくなります。若い人間の方が、まだ他者への心遣いをしているように見受けられます。あれ?本来なら、人生経験を積んだ高齢者の方が、他者への心遣いが若年者よりよりよくできるはずですが?今の日本では、他者を思いやることのできない高齢者の方が、明らかに多いというのが現実のようです。


ついでに言うと、名古屋の地下鉄はエレベーターが設置されていることはうれしいのですが、駅によってはその設置場所に問題があるなぁ、と。エレベーターまで結構な距離を歩かなくてはいけないのですよ。思わず、それなら転倒の危険を冒してでも階段を使った方が早いのでは?と思うほどです。駅の大きさの割にエレベーターの設置数と場所が悪いなと思ったのは、今池駅、吹上駅、そして栄駅ですね。栄駅はまるで迷路のように感じましたわ。古い駅ゆえ、後付けでエレベーターを追加設置したためでしょうか?まだ使っていませんが、名古屋駅、それも特に名鉄の方は、もっと移動に不自由さを感じるだろうと、今のこの不自由な体だと辛いと思います。


今日は今日で、栄駅で、松葉杖をつきながら歩いている私にぶつかってきたおっさんがいましたわ。電車に急いで乗ろうとしていたようですが、ある意味、現在障害者に区分される私にぶつかってでも、押しのけてでも電車に乗ろうというその態度。そのおっさん、目が不自由だったわけじゃないですよ、健常者です。久しぶりに怒りがふつふつとわきましたわ〜。😡annoy正直、松葉杖で殴ってやろうかと思うほど。運良く、私がバランスを崩さず、倒れなかったのでよかったですが、倒れていたらどうしていただろうか?もしそうなったら、私も黙ってなかったと思いますけど。


考えられないほど日本人の心が荒廃していると、私自身の身をもって感じた次第です。この心の荒廃が、今の腐りきった日本社会、そして糞政治屋、糞官僚共を生み出した元凶であると心底思いますね。学歴や家柄、金を持っているかどうかといった、見た目だけでその人間を判断してきた結果が今の日本です。あぁ、こういう『日本人は冷たいのだ』と言うことを学ぶために今回骨折したのかも。


私の書いたことを嘘だと思うのなら、ぜひ足を折って松葉杖をついてくださいな。その状態で公共交通機関を使ってみるといい。そこで出会うのは、人の温かさより、むしろ冷たさであり、人間(特に日本人)というものに対する絶望を味わうことでしょうから。再度書きます。私の書いたことを嘘だと思うのなら、私と同じ状態になってみることが必要ですよ。その上で、あなたが私と違って毎回席を譲ってもらえたり、一度も押しのけられることもなかったのなら、反論をしてもいいです。


日本人は冷たい。私は現状、身をもって心底そう感じてます。『日本死ね』と述べた人の気持ち、改めて私もそう感じてますよ。えぇ、今の私ならいえます、『日本死ね!』と私も声を大にして言いたいです。弱者を思いやれない人間の集まっている国なんて、まともな国じゃないです。そんな国は、滅びてしまえばいいのです。え?過激な考えですか?私と同じような経験をしてもそう言えますか?

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