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2017年10月 4日 (水)

HER MOTHER ハー・マザー 娘を殺した死刑囚との対話を見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『HER MOTHER ハー・マザー 娘を殺した死刑囚との対話』を見てきました。個人的ランクA-。公式サイトはこちら


実に考えさせられた映画でした。自分がこの母親の立場だったら、私は果たしてどういう行動をとるだろうか?大切な娘を殺した犯人に対して、死刑を望まないようになれるだろうか?殺すのは簡単だけど、そうではなく、なぜ娘を殺したのか?ということを、犯人を生かしたまま問い続けることを選べるだろうか?


この作品、この監督がとても素晴らしいと感じるのは、加害者、被害者、加害者の家族、被害者の家族のすべてをしっかり描いている点です。被害者だけ、加害者だけという、その方が簡単な内容になる焦点だけにせず、実際の事件ではかなり複雑なはずであり、その複雑な関係それぞれに焦点を当てているのがすごいし、素晴らしいと感じます。


冒頭、何気ない日常から始まります。そうなんですよね、日常がいきなり悪意ある他者によって非日常の地獄にたたき落とされることが突然起こりえる、ということを、多くの人が『自分(だけ)には起こらない』と、なぜかしら堅く信じているのです。自分にも、次の瞬間起こるかもしれないとは、全く考えていません。ある意味、うらやましいですが、私からすれば、よくそれだけ脳天気で、自分は特別なんだと思えるのか、不思議でなりません。


主人公である晴美の旦那が実にクズ!あっぱれなほど、現実にこういう旦那がほとんどだろうな、と思うことばかり。娘の結婚を反対していたのに、おまえの性でと一方的に責め立てる。あげく、妻から反論されたら暴力に訴えるという始末。見事なクズです。数年後、離婚していますが、また一緒に暮らさないか?と言い出したのには、見ていた私も心底びっくり!よくそんな台詞が言えたな、です。いやぁ、これまた現実には、こういう男が多いのでしょうね〜。しかもこの旦那、怪しげな新興宗教にはまって、「俺は犯人を許した」と言い放ちますが、そんな怪しげな新興宗教ごときのいっていることを真に受けているようでは、この旦那の人間性の薄っぺらさをより一層際立たせます。しかし、これもまた現実には、心の弱った人につけいる宗教が多いのも事実です。●●新聞を取ればがんが治りますと言われた等々、そういう実話を患者さんたちから耳にしていますよ。題目を何万回も唱えれば病気が治るとかね。映画でも、新興宗教の奴らは、聞き心地のよい言葉ばかりを並べ立てています。ですが、いざ自分がその立場になったら?ということを、全く想像していません。こいつらも、(素晴らしい宗教を信仰している)自分たちには、そんなことは起こらないし、起きて苦しんでいる人を救うことができると、馬鹿みたいに信じ込んでいるだけの、これまたクズです。共感力も想像力も欠如したクズみたいな人間が、苦しんでいる他者を救う?できるわけがない。それができるのは、同じ経験をした人か、共感力や想像力がしっかり備わっている人ぐらいです。


晴美の弟夫婦もこれまたクズ。被害者である姉を気遣っているふりをしながら、その実、晴美の土地を狙っているようで。自分たちに理解できない行動をとっている姉を、精神障害を起こしていると勝手に決めつけて。終盤では、無理矢理精神安定剤らしき薬を姉に飲ませようとまでします。弟夫婦は、自分たちのことしか考えていないんです。血縁があってもこうなる可能性が高いのです。むしろ、赤の他人の方がまだマシかも。


晴美が犯人の死刑を望まなくなったのは、晴美の理解者というか、話ができる相手がこの殺人犯しかいないからなのです。元旦那も、弟も、話し相手になりません。なぜって、前述の通り、彼女の考えを『理解しようとしない』相手と、どういう話ができると?死刑にしてしまったら、彼女は事件が起こってからのことを、話が通じる唯一の相手をなくしてしまうのです。そうなれば、自分が死ぬまで他人には理解されない、話を聞いてもらえない状態で過ごすことになります。これは恐怖でしょう。


犯人の母親の言葉も深かったです。「初めてあなた(晴美)の気持ちがわかりました」と言う台詞。人は、自分がその立場になって初めて他人の苦しみが理解できるという、とても悲しい生き物なのではないか?と思えて仕方がありません。本当なら、共感力や想像力で、他者の気持ちの万分の一でも感じ取れる、感じ取ろうとするのが本来の人間ではないか?と思います。どちらの能力も、現代人で持っている人は、ものすごく減っていると日々感じてます。それよりも、他人を蹴落としてでも、自分だけがいい目を見ればいいと考える、実に傲慢な人間ばかりがはびこっていますわ。


死刑制度云々については、何も追求していません。それよりも、被害者、加害者、そしてその家族の心理とその変化を味わってほしいです、この映画では。そして、自分だったらどうするだろうか?と考えてほしいです。あなたは、犯人だけが自分の気持ちも話も理解できるとわかっていて、それでも犯人の死刑を望みますか?本当に死刑にすることだけが、被害者を救うことになるのか?そのことを『自分のこととして』考えてほしいです。

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