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2017年7月20日 (木)

ハックソー・リッジをみてきました。(なぜ『ハクソー・リッジ』なの?!)

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『ハクソー・リッジ』をみてきました。個人的ランクA−。公式サイトはこちら。医療者は必見だと思う映画です!!


まず文句から。なぜ『ハクソー』と正確ではないカタカナ訳語にした?正確には、『ハック・ソー』もしくは『ハック・ソゥ』です!ネイティブの速度で話されると、確かに「ハクソー」と聞こえるかもしれませんが、「ハック・ソゥ」です!!ノコギリの刃のような崖、ということから名付けられていますから。なぜ、配給会社はこんなおかしな、そして不正確なカタカナ訳語のタイトルをつけたのか、全くもって理解に苦しみます!カタカナ訳語のタイトルをつけるのなら、正確につけろや!そんなところまで、戸田奈○子に似なくていいだって!字幕翻訳は彼女じゃないですので、安心してください。とてもうまく訳されています。


タイトルのカタカナ訳語には腹が立って仕方ないですが、内容はもう、文句なくAランクの映画です。描かれている舞台は第二次世界大戦時の沖縄戦です。


私が心底共感したのは、主人公のその信念です。デズモンド・ドス、彼のその信念を貫き通した姿、理念、もう共感しまくりでした。なぜって?私も自分の治療に対して、医療者としての信念を貫き通しているからです。「けっ、いい子ぶってやがる」と思う人は、一度でも私と会って私の治療を受けたことがあるのか?といってやりますわ。


思わず涙ぐんでしまったのは、彼が「主よ、もう一人、もう一人(助けるために力を貸したまえ)」とつぶやきながら戦傷者を救うシーンです。この言葉に心底共感。私も、2度のヘルニアの痛みの最中、そしてヘルニアからくる根性坐骨神経症の激しい痛みの最中に往診に向かっている間、治療中、そして帰ってくる間、私自身も同じようにつぶやいていた言葉とほぼ同じだったからです。私はクリスチャンじゃないですよ。無宗教と言っていいです。ですが、神の存在は心の底から信じています。なぜって、こんな美しい自然、地球、宇宙、そして人間という芸術を作れたもの、それは神以外存在しないからですよ!神なんて存在しないという人たち、なら、あなたに大腸菌一匹を無から作ることができますか?花の種を無から作ることができますか?花のあの色やデザインを創造することができますか?卵を作ることができますか?と問いたいですよ。たかが人間ごときに、そんなことができるわけがないのです。神なんて存在しないという輩は、傲慢以外の何者でもありませんといいたい。もっと謙虚になれ、と。不思議なことにですね、上記の言葉をつぶやいていると、動けてしまうのですよ!私の患者さん達なら理解できるでしょうか?まともに歩けないほどの痛みの中、私がどうして歩け、そして治療ができたのか?と。私自身も不思議ですよ。あの痛みの中、なぜ動けたのか。自分のことより、助けを求めている他者のため、という純粋な思いがあるとき、人はその能力の限界を超えて動けてしまうものだ、ということです。これを体感した人は、まさに幸運だと思いますけど。その奇跡とも呼べるかもしれない経験をするためには、自分のことより他者のことを真摯に助けるという「信念」が不可欠でしょう。


ドスの信念と行動は、医療者は見習わなければならない、と心の底から思います。最近の医療者は、ことごとくこの信念が欠如しているとしか思えないですね。医療者としての信念が欠如しているから、簡単に金儲けに走るんです。そして、結果として患者の命をないがしろにしているんですよ。まぁ、私がこう書いたところで、なぜかしら、多くの患者を含めて「たかが鍼灸師ごときが」と思われている事実、たまに心がおれそうになります。そんなとき、いつも祈ります。私に折れない勇気を、彼らの無知に許しを、と。理解できない人はそれでかまいません。理解できる人だけが理解してくれれば。世界中に、たった一人でも理解者が居てくれれば、それだけで救われます。


ドスの父親がクズに見えますが、彼も戦争犠牲者なのですよ。PTSDを煩っているとしか思えないです。同時に、自分だけが生き残ってしまったというサバイバーズ・ギルトも併発しています。戦争は、それほど人の心というものを壊すもの、ということです。そして、今の戦場を経験した兵士達は、第二次大戦時の兵士達よりPTSD発症がとても高いのです。ベトナム戦争後、その元兵士達に自殺者や社会不適応者が続出したのですが、アフガニスタンやイラクの戦場に行ったアメリカ兵たちはそれ以上で、年間2000人近くが自殺で亡くなっていると聞いてます。アメリカ軍もやっきになって、精神治療プログラムを組んで兵士達の自殺を食い止めようとしていますが、うまく機能していません。この事実を、どれだけの日本人が知っているのか?日本の自衛隊でも、アホの小泉元総理が決定した国連維持活動という名のアメリカ軍の尻拭いと人間の盾という役割を押しつけられ、糞安倍政権がさらにそれを駆けつけ警護という、さらにアメリカ軍の犬となれとしてしまったため、自衛隊員からも自殺者が出ているのです。戦闘に参加していなくても、危険極まりなく、人が日々死んでいる戦闘区域に居るだけで、人の心は壊れてしまうのです!その危険な戦闘区域を紛争区域であって戦闘区域じゃないから安全と平気で口にした、アホすぎる稲田防衛大臣。そこまで安全というのなら、稲田、あんた自身がそこで生活しろよ!です。自分はちょっといっただけですぐ帰国、戦場から遠く離れた日本でのうのうと過ごしているのは、おかしすぎます。組織のトップなら、まず率先して現地で生活しろ!です。自殺とはいえ、これは戦争犠牲者です!私は、ついに自衛隊から戦死者を出してしまったと捉えています。マスコミも大本営発表と同じ程度まで堕落しているので、正確なところを伝えてきません。そして国民も馬鹿すぎて、その腐ったマスコミの流す、政府の一方的な内容を信じ込んでいます。


こんな素晴らしい映画なのに、題材が沖縄戦だからでしょうか、それとも日本軍の卑怯っぷりを描いているからでしょうか、ほとんど広報活動がない。そして、もう上映が終わってしまうという事実。なぜ?なぜ配給会社はもっと広報活動をしない?アホの米軍と糞日本政府による沖縄基地移転やヘリポート建設、沖縄の人たちの意思を全く無視した政策をとっている糞日本政府と糞アメリカ軍のことを「おもんばかって」広報を控えたのでしょうか?そうとしか勘ぐれないのですけどね。


エンドクレジットの途中、本当のドスの上官が述べますが、「武器を手に取らないという彼のことを臆病者と(当時)思っていたが、本当の勇者は彼だった」と涙を流しながらつげます。そうですよ、武器を手に取らず、敵味方関係なく助けることができる、できたものが勇者です。ですが、その当人のドスは、「死んだ兵士達皆が勇者だ(私ではない)」といいます。なんて謙虚なんだ!武器を手に取って他者を守れるものが勇者ではないのです。武器を取って他者と戦うことができるのが勇者という理論では、テロリストと全く同じだ(だから今のアメリカ軍のしている対テロ対策および今までしてきたアメリカのためという軍事行動がことごとくテロに結びついているのです)ということに、ほとんどの人が気がついていないという事実に、実に情けなく思います。この腐った日本政府も全く同じ理論なのが、悲しいを通り越して怒りしか感じませんわ。先の戦争から何を学んだ?と問いたい。戦後70年もたてば(馬鹿な)国民どもは忘れているから、という、戦中派の死に損ないの爺や、若者達を戦死させて自分たちだけはのうのうと生き残った糞爺ども、そしてその糞爺どもの子孫(誰とはいいたくないけど、今の自民党の安倍や麻生、石破などがそれですわ)のいいようにさせてきた、非常に簡単に健忘症にかかるこの日本国民に対して腹が立ちます。


美輪明宏さんや、そのほかの著名人達が自民党のやり方に反対しています。戦争をする国にしたくない、と。銃口を他人に向けていい人間は、自分も他人から銃口を向けられて殺される覚悟がある人間だけです。その覚悟がないのなら、決して他人に銃口を向けてはいけません。今でも思い出すのは、香川県のとある元酒造会社。そこの人事部長という肩書きの糞爺に、私の持っていたナイフ(スイスアーミーナイフ)を貸したら、その途端「ほれっ」といってその刃先を私に向けて突き出してきたことです。今、そんなことを私に対してしたなら、確実に関節を決めて泣くまで痛めつけてやります。なんならその関節を外してやります。相手の年は関係ありません。他人に対して、してはいけないことを平気でする輩には、尊敬も糞もなくその体に痛みを教え込んでやるだけです。当時、その人事部長は50代だと思います。50を過ぎても他者に刃物の刃先を向けて突き出す行為をする。それを冗談だと言っていいと?万が一、それが私に刺さっていたら、なんというつもり?(再度書きますが、他人にナイフの刃先を向けていいのは、ナイフで刺されてもかまわない輩だけです。)当時の私は少々従順すぎましたね。年上だからということで我慢してしまいましたから。年上だろうが何だろうが、その性根が腐っている輩にそんなことは全く関係ないのだ、ということを学びましたので。平気で他人にナイフの刃先を向ける馬鹿ほど、実際に相手を刺殺した後に「殺すつもりはなかった」という大馬鹿野郎です!!なぜナイフを持っていたかって?その酒造会社まで片道90分の自転車通勤をしていたからです。(電車もバスも通っていない田舎でしたから。)道中、ナイフをはじめ、道具がなければ、もし故障などのアクシデントに遭遇したときにどうしようもありません。(ナイフが必要かって?なら、タイヤのチューブやゴムを、ナイフや道具なしで手や口を使って切ったり修理できるの?できるのなら、見せて貰いたいですわ!)他者が助けてくれるだろう?それはあまりに甘い考えですわ。山道を越えての90分。民家もないところを走っていたのです。誰かが助けてくれるだろう、なんていう甘い考えで居られる場所じゃなかったのですよ!同時に、自転車が故障しました、といって警察に連絡すれば助けてくれるとでも?腐った警察が助けてくれるわけないでしょうが!!!!!!!


名古屋では明日、21日までです。もしほかの場所で上映が継続されているのなら、是非ご覧になってください。これはいい作品です!そして、ドスの生き方から学んでください。信念は他人がいくら懐柔しようが、本人に暴力を振るおうが、それを変えることはできない、と。それはつまり、他者からの暴力や甘言でその考えをコロッと変えるようなら、それは信念でも何でもない、ということ。さらに、信念というものは、その人の「生き方そのもの」ということを。エンドクレジットで、当時のドスの写真がでますが、本当にトウモロコシの茎のような、華奢な体型です。なのに、75名もの戦傷者をたった一人で助けたという事実に、ただただ驚きしかでません。


いつになく熱く語ってしまいました。それほどこの作品が素晴らしかった、ということです。DVD発売と同時にポチりそうです。子供達に見せて、信念を持って、その生き方を貫いてほしいと切に願ってしまうからです。


信念を持って生きている人って、美しいですよ。(私は美しくありません。暑苦しいだけです。これを読まれた私の患者さん達、異論があったらぜひ教えてくださいね!)

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