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2017年7月 8日 (土)

献血70回だとか

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


おぉ、一気にブログ更新ですね。やるときに一気にやる、というのが私のスタイル・・・。一部の、私のブログを定期的にチェックをされている希有な患者さんからすると、ブログが(定期的に)更新されていないと「死んでんじゃね?」と言われている私です。


さて、先日の献血で70回目ということで、表彰をしたいのですけど、と受付で言われました。は?なにそれ?というのが私の反応でした。


献血を私がするのは、私のような最低の輩でも、この血が苦しんでいる他者の役に立つのなら、この世に生きている意味が少し見えるな、という理由でしているのです。医療者として最低ですか?本当にそうですか?こう書く理由はですね、他者の善意で提供された献血を一番使う医師のほとんどが、献血をしたことがないという事実。さらに付け加えるなら、医師のほとんどが臓器移植の同意書(免許証の裏にありますよね?)にサインをしていないという事実を知ってもいえますか?私は鍼灸師になる前から臓器移植の同意書にサインしていますし、骨髄バンクにも登録しています。あ!この骨髄バンクに対して文句が言いたいことがあったのこと、書くのを忘れていました!これは書かなくては!医療者としてかなり腹が立ったので。


私は自分自身が最低の人間だと思っています。なぜ生きているのだろう?と思うぐらいです。そんな輩でも、なぜか気を感じることができる。そしてその能力で(実際は誰でもこの能力を持っています。ただ、その能力を磨く練習をするかどうかだけのことです)病に苦しんでいる他者を助けることができるのなら、この与えられた能力を使わないのは神への冒涜です。ならば、私が死ぬまで他者のためにこの与えられた能力を使い続けるのが使命。そして私の血でも他者を助ける可能性があるのなら、それを提供するのもまた使命と考えているだけです。


そういう考えで献血をしているのですが、今回合計で70回だとかで表彰式と景品授与に参加されますか?と。もうね、実にくだらない。私は、私の信念に従って献血をしているだけで、それを他者から「すごいね!(だから)表彰してあげるよ!景品もあげるよ!」と押しつけられるのが我慢なりません。


当然、辞退しました。要らないもの。表彰状も、景品も、そんなもの貰ったって、なんの役に立ちますか?最低限の、私の自尊心すら満たすどころか、その自尊心すら逆に傷つけるものです。


こう書くと、普通の人からすると、他者があなたの行動を認めてくれているのだから素直に受けたら?といわれますが、他者の評価などどうでもいいのです。私にとっては、「私自身が死ぬときに後悔したくない選択を、その瞬間瞬間に、迷いなく、霊的な教えに従ってなしえたかどうか?」の方が最上位に大切なのです。幼少時から私はひねくれ者でしたので。高校の時も、片道7km以上を歩いていました。バスもありましたし、自転車通学も認められていましたが拒否。理由は、一番近いバス停まで20分かかる。自転車通学なら、高校生にもなってヘルメット着用が強制。どちらも馬鹿らしかったので歩くのを選んだだけです。そう、完全な、自己満足です。ですが、高校2年の時、奇しくも2年間無欠席無遅刻ということになり、教師たちから祭り上げられてしまい、皆勤賞の総代となってしまいました。屈辱sign03(私が歩いて通学していたのをなぜ知っていたのか、そちらの方が疑問です。)私のいた高校は、生徒に人権を与えられなかった東○高校でしたので、拒否は始めからありません。(無理矢理)総代にされ、校長から賞状を受け取る羽目に。私個人は、かなり眉間にしわを寄せていたと思っていたのですが、あとで数少ない級友に聞くと、壇上から降りてくるときになぜか口元がにやついていたぞ、と。あれ?その性でしょうか、総代として受けた賞状を学年主任に渡したときににらまれたのは。う〜ん、にやついたように見えたのでしょうが、私としては自分の意思に反した行動をとっていることに腹を立てていたのですが、それが端から見るとニヤついていたと見えていたようです。まぁ、とにかく、昔から私は私が自分自身の自己満足のためにしたことを、他者から「すごい」と言われることが我慢ならない性格だということです。だから私のホームページにも、私のこの気を感じとれる能力は、誰でも練習すれば体得可能なのです、と書いているのです。それは事実であり、覆せないことだからですsign03


あぁ、もしかしたら死ぬ瞬間に、「しまった!この70回目の表彰を受けておけばよかった!」と思うかもしれませんけどね。あっはっは、まずありえませんけど。🤣


厳密に書くと、実際は100回を超えています、献血回数。なぜって、私が留学中にしたアメリカでの献血回数(その献血回数カードは手元にあるし、帰国して最初の献血の時にそう告げたけど)は『日本ではない』ということでカウントされていないからでーす。こういうところでも、差別を感じましたね〜。ちなみに、アメリカの献血は一回1パイント。約450mlです。日本の400mlより多いです。体格の違いでしょうね。今でも覚えていて笑えるのですが、アメフトの選手が献血直後にぶっ倒れたのをこの目で見ています。逆に私は、450ml献血直後、5分以上走って次の講義へと向かっています。男の方が血に弱いのは本当ですし、体格がいいから献血しても問題ない、という先入観は大間違いです。


あぁ、こう書いてきて、私のことを素直に表彰を受けない糞野郎と思いたい人はどうぞ。その評価でかまいません。あと、私は献血70回の表彰を受けた人をけなしていないことを忘れずに。表彰を受けたい人はどうぞ。私は受けたくない理由を書いただけですので。受けたい人は受ければいいだけのこと。受けた人・受けたい人をけなしてはいません。


性格がねじ曲がってますか?ん〜、そういう人間がいた方が、この腐った社会の調味料になりません?こんな私ですけども、私が心底集中し、努力したことは、他者から褒められると、むちゃくちゃうれしいです。例えば、最新(西洋)医療についてとか。これは日々、アンテナを張って努力して、最新情報を収集して、自分の知識のアップデートをしています。そういう、私自身が努力していることを他者から認められることは、天にも昇るほどうれしいです。そして、多くの西洋医師や鍼灸師のように、国家資格取得後、全く勉強しなくなる輩達とは違うと認められることは、本当にうれしいのです。今でもうれしいのは、元日赤の医師から、「よく勉強しているね」と言われたこと。これは未だに私の心の支えの一つになっています。

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