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2017年4月24日 (月)

私自身が自分の治療を受けたいわ!

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。

ギブスがとれ、日中動くときは簡易ギブスをつけて動いています。それでも片足を引きずりながらの歩行ですし、治療中などは右膝を立てたままの姿勢を取ることがほとんどです。

この姿勢と歩行の性で、左足首、左股関節、右股関節に変な痛みが出始めてます。これが、人間の体は一体であり、西洋医学が考えるような、部品部品で組み上がっている機械ではない、と言うことの証拠です。確かに、骨や筋肉と言ったものを部品と考えることもできますが、それらが非常に巧妙精緻に、人間ではそのようにつなぎ合わせることなど到底不可能という状態になっていること。これはもう、まさに神の手になる芸術としか言い様がありません。人間ごときが、神の手による芸術作品と同じことをしようとしたって、無理なのは明白です。もし、そんなことが可能なら、手術の後で、その後遺症に悩む人など誰一人いないことになります。手術を受けたのに、後遺症で苦しむのは当たり前とか、そんな後遺症が出ることはないと言う人、それはあなた自身が手術を受けたことがあるのか?と声を大にして問いかけますよ。

すべての筋肉、関節が精緻巧妙に連携してできあがっているのが人体です。今回、私は足首の骨折ですが、そのせいで他の関節に痛みが出る。これは当然のことです。だからこそ、本来の医療者の治療というものは、体全身を診た上で、全身に対して治療を施すものでなくてはならないはずです。違いますか?私の述べていることは、おかしいですか?

西洋医学は、この全身を診ることができない医療です。理由は前出のように、人体を機械としてみているからです。部品として人体の構成部分を見ているから、壊れたら交換すればいい、悪くなった部分は新しいものにしてしまえばいい。そう、その悪くなった部分しか見ていないのです。機械ならそれでいいでしょう。悪くなった部品を交換すれば、元のように動き出すわけですから。人間はそうはいかないのですよ。たとえば、人工股関節。悪くなった股関節を人工股関節に交換すれば、見かけは正常に見えます。ところが、実際は手術後の傷がうずいたり、問題のないはずの人工股関節なのにそこに痛みが出たり、自前の股関節の時とは違って可動域に制限が出ますし、患者さんは常々ちょっとでも無理をしたら外れるのではないか?と非常に気にしておられます。これって、QOLに大きな不安を残したままと言うことでは?

西洋医学を全否定しているわけじゃないですよ。潰れてしまってどうしようもない関節を、人工物に置き換えることによって、とりあえず日常生活を送れるようにする技術はすごいものです。感染症に対する抗生物質も、それは素晴らしいのです。ただ、西洋医学はそこ止まり。もともとの、戦場医学がその発端である西洋医学は、汎用性がないといえます。つまり、慢性疾患や、私のように一箇所を痛めた故に他の場所に異常が起こっても対処のしようがない。逆に東洋医学はどうか?といいますと、慢性疾患や私のような症状には十二分に対処可能ですが、潰れた関節を元に戻すことなど不可能ですし、感染症に対しても抗生物質ほどの劇的効果を持っていません。東洋医学は戦場医学として起こったものではなく、人間が日常生活を送っている中で必要となり、発達してきた医学なのです。

根性坐骨神経症およびヘルニアの時より、他の場所への影響が強いのが今回の骨折ですね。痛みの程度で言えば、根性坐骨神経症やヘルニアの方が、今回の骨折より100倍以上痛いですけど!!どれほどの痛みか想像できない人は、私の以前のブログを読んでみるといいですわ。そこに、ヘルニアと根性坐骨神経症の痛みについてつらつら書いてあります。日常生活の不自由さはほぼ同程度といえますが、他の関節などへの影響度は骨折の方がずっと高いです。

近所に、私と同じように全身を診ることのできる鍼灸師がいればいいのですが、どうも居ないようです。ま、当然でしょうか。ほとんどの今の鍼灸師は、西洋医師と同じく、その場所しか診ることができませんので。本来の意味での鍼灸治療ができる人は、実に少ないのですよ。その分、困る患者さんが増えるわけですし、西洋医師とは患者の取り合いになって争うことになるわけで。

なぜ全身を診ることのできる鍼灸師がほとんどいないのか?まず、学校で教えないことがその理由の一つ。全身を診ることのできる鍼灸師が学校で教えないことがその二つ。特に、鍼灸学校で、全身治療の重要性を教えないのが一番の問題かと思います。なにせ、教師自身が全身治療ができない。できないから学生に教えることができない。まさに悪循環!その結果、排出する卒業生は当然全身治療ができない。患者は治らない。当然の帰結として、鍼灸治療は効果がないとレッテルを貼られます。鍼灸教育が変わらない限り、この悪循環は断ち切れないと思いますね。と同時に、全身治療ができる鍼灸師がいかに貴重であり、そんな鍼灸師に巡り会えて治療を受けている患者さんたちは、とても幸運だと思います。

現在、ある意味障害者であり、きちんと対処できる鍼灸治療をのぞみながらそれを行える鍼灸師がいないことにほぼ絶望している私です。

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