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2017年4月の8件の記事

2017年4月29日 (土)

汚れたミルク あるセールスマンの告発を見てきました。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『汚れたミルク あるセールスマンの告発』を見てきました。個人的ランクA。公式ホームページはこちら


内部告発の映画です。実に素晴らしい!!主人公の、乳児を守るために世界最大企業を敵に回した内部告発。どんな脅しを受けても、彼は決してそれに屈しませんでした。そして、その彼を支えた偉大な父親と妻。


父親が本当にこれまた素晴らしいんです。弁護士ではないのですが、弱者を守るためにいろいろ国に対して抗議しています。だから、息子の弱者を巨大グローバル企業から守るために立ち上がったことを、全面的にサポートします。妻はちょっと経済的安定を好むところが見え隠れしますが、それでも、家族がバラバラになるかもしれないけど、信念に基づいて動けない夫を尊敬できないといって励まします。素晴らしい女性です!


この映画を見て、あなたはどう思うでしょうか?この映画に出てくる巨大グローバル企業は『ネスレ』です。映画冒頭で実名が出ますが、その後仮名に変えられます。はい、様々な食品を提供しているネスレです。しかし、そのネスレの企業体質は、やっぱりアメリカ企業だなぁ、と。弱者がどれだけ苦しもうが、死のうが、そんなことは全く気にせず、とにかく自分たちだけが儲かればそれでいい、と言う、他の巨大グローバル企業と全く同じ、腐りきった金の亡者です。以前見たドキュメンタリー映画では、あのDole社が、危険な農薬をバナナ農場に散布し続けた結果、農場の労働者が不妊になってしまったのです。ネスレもDoleも同じ穴の狢。金のためなら他者がどれほど苦しんでも全く気にしない。この映画でもそれが如実に描かれています。


あなたが巨大グローバル企業に搾取され、健康被害を受けていてもなんら反抗しませんか?唯々諾々と従うのなら、それでいいです。それも選択です。ただし、健康被害と、自分の大切な子供が死んでいくのを見ても、それでも巨大グローバル企業を選択しますか?と問いたいです。


パキスタンにも自国の製薬会社があります。ですが、パキスタン国民の多くが、海外の製薬会社の薬品を好むという情けなさ。より高額であれば、自国の製薬より海外の製薬の方がよく効くだろうという、患者側の勝手な思い込み。この映画では粉ミルクです。本当によいものならその値段に見合っているはずです。そして安全なはずです。そうでしょ?


冒頭に、アメリカの議会に呼ばれたネスレの社員が発言しています。冒頭から腹が立ちますよ。弱者に『死』を与える製品を売りさばいておきながら、その責任は自分たちには『ない』と言い切るのですから!ネスレの言い分は、買う買わないは消費者の勝手。買ってその結果死んだとしても、選んだのは消費者であって、ネスレ側に何の落ち度もない、と言う理論でしょう。ところが大間違い!ネスレは、『清潔な水で』粉ミルクを溶けと言ってますが、その清潔な水をパキスタンで得られる人はあまり居ないという事実。ネスレは、そういう清潔な水を得られない、得にくい地域で粉ミルクを売ってはいけないのですし、不衛生な水で粉ミルクを溶き、それを乳児に与えると死にます、と啓発活動をしなくてはいけないはずです。ですが、ネスレは一切そういうことをしません。それどころか、他社の粉ミルクを店の棚から一掃すべく、医師に賄賂を渡し、店にも優遇するなどしてネスレ製品一択しかないようにしています。これでは選択することなんてできません。とにかく金儲けにだけ邁進するのが、巨大グローバル企業です。自分たちが儲かるためなら、いかなる悪逆な行為をしても全くかまわないのですよ。倫理に劣る企業です。


なぜ、ネスレの粉ミルクが原因だとわかったのか?公衆衛生学です。この学問のおかげで、そしてそれを学んだ医師のおかげでネスレの悪行がわかったのです。公衆衛生学、とても大切な学問です。ですが、日本ではこの学問に対しての理解度が低いように思えます。この映画では、母乳で育った子供は一人も死なず、ネスレの粉ミルクを飲まされた子供ばかり死んでいるのです。母乳信仰ではないのですが、やはり人間も動物、自然な形で子供を育てるのが当たり前といえる社会になってほしいです。


Doleもそうでしたが、このネスレも金にものを言わせて様々な圧力をかけてきます。ドイツでネスレの悪行を告発しようとしたTV局、ここにも圧力をかけて結局放送させません。TV局はCM料で成り立っているので、ネスレからのCM料が入らないのは困るわけですわ。金のために真実と事実を覆い隠し、多くの乳児が死んでいることを隠す。これが今の世界経済であり、社会と言うことです。正直、こんな腐りきった社会、今すぐ滅びてしまえ!と心底思いますよ!!他者の命をぞんざいに扱い、死んで持って行けない、単なる虚像にしか過ぎない金のために他者をもてあそび続ける社会。これがまともと言えますか?


内部告発した主人公、確か7年近く妻や子供たちと会えませんでした。ネスレを告発したはいいけど、ネスレの持つ権力にパキスタン政府が、そしてマスコミも負けたため、彼は国に帰れなくなってしまいました。帰れば国民から総攻撃を受けるからです。彼は、いったい誰を守ろうとして立ち上がったのか?パキスタン国民を守ろうとして立ち上がったのに、国民は事実を知らされていないため、そしてネスレの金と権力に負けた政府によって、彼は悪者にされているのです。こんな間違ったことがまかり通っているのですよ。この日本も全く同じです!!真実を述べているのに、権力によってそれを抑えつけられ、逆に逮捕拘留される。(沖縄がいい例です。Yahooニュースを見ていると、相変わらずアホで無能なネトウヨどもが、沖縄で抗議活動をしている人たちをけなしてますわ。)国によって社会的抹殺されます。こんな国がまともと言えますか?北朝鮮と今の日本は、根っこは一緒です。その考え方とやっていること、独裁政権そのものです。このことをどれだけの日本人が理解しているのか?自分の頭で考えてください。何も考えず、マスコミの流す偏った情報だけを、なんら疑いもせずに受け入れているのが間違っているのです。本当に、第二次世界大戦中の日本社会と今の日本社会、全く同じとしか思えません。


パキスタンでのこの悲劇、実は今でも続いていることをこの映画のエンドロールでわかります。最初に映像資料として集め出したのが1989年頃。2013年の時点でもなんらパキスタンでは変化がないのです。20年近く、今でもネスレによってパキスタンはある意味搾取され、そして乳児が死に続けているのです!あなたはこのことを、他の国で起こっていることであって、日本で起こっていないし、自分には関係ないからといって無視できますか?この映画の中で見せつけられる、がりがりにやせて死んでいく赤ちゃんの、あの視線をあなたは真正面から受け止められますか?!私は今でも、あの赤ちゃんたちの視線を思い出すだけで泣けてきます。


この映画、たった一人で巨大グローバル企業に立ち向かった、本当に人の命を大切に思っている、心優しい男の実話です。ぜひ、一人でも多くご覧になってください。そして『自分の頭で』考えてほしいです。

2017年4月28日 (金)

LION/ライオン〜25年目のただいま〜を見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


LION/ライオン〜25年目のただいま〜を見てきました。個人的ランクC-。公式ホームページはこちら


うん、泣けました。ただし、号泣じゃないですよ。劇場でも結構泣かれていたようです。


インドや貧しいと言われている国では、未だに行われている人身売買。人間って、いつになったらその精神が成熟するのだろう?と改めて考えずには居られませんでした。金になるからという理由でしょうね。そのために、子供を利用する大人。大人とは何?ただ図体がでかいだけの、その性根が腐りきっている、子供よりも無知無能な人間のことだと私は思いますが。ちがってますか?今の日本人の、いわゆyる大人と呼ばれる人間も同じようなものですけどね。昨今の議員の『大人』とは思えないような失言の数々。大人じゃなくて、性根の腐った人間がそこに居るだけです。そして、過去の日本でも同じようなことが普通に行われていたことを、決して忘れてはいけないのです。


子役の子がとてもうまい!思いっきり感情移入してしまいました。


この映画で最も素晴らしいところは、親の愛です。オーストラリアの白人夫婦、インドの実の母親。親の愛は、どれほど深いのか、この映画はよく描いていると思います。自分たちの子どをを持てたのに、あえてそれをせずに貧しく苦しんでいる子供を引き取って育てることを決意したオーストラリアの白人夫婦。突然いなくなってしまった我が子がきっと帰ってくると信じ、その村から決して出て行こうとせず住み続けた実母。この両方の母親の愛に涙がこぼれました。


エンドロールで実際の人物たちが出てきます。そして、この映画のタイトルの意味もわかります。これはぜひ、映画館で。


ここからちょっと苦言です。読みたくない人は読まないように。








































実話だけに、結構グッときます。それはいいのですが、この映画最大の難点が訳です!!!訳と書けばピンと来る人も多いかと。そう、戸田●津子が訳を担当。もうね、この人、字幕翻訳を辞めた方がいいですわ。あまりにもひどい!英語を全く理解できない人は仕方ないですが、私のようにある程度の英語力を持っている人間からすると、戸田奈●子の訳のひどさに腹が立って仕方がないです。この映画では、主人公のガールフレンドが、彼女の母親がすでに死んでいないことを話すシーンでとんでもない誤訳をぶちかましてくれてます。確かに、この誤訳は物語にはなんら影響を及ぼしません。及ぼさないけど、監督や脚本家の伝えようとする意思からはほど遠い、全く違うことを訳としていること。これって許されることじゃないはず。そして、配給会社も、この誤訳の女王戸田●津子に頼むこと自体おかしいと言いたい。さて、今回のとんでもない誤訳は、"Chemo"。何のことかさっぱりわからないですか?"Chemotherapy"の略です。抗がん剤治療のことで、日本語では化学療法・治療のことです。これを『放射線治療』と訳してます。『放射線』は"Radio"です。物語上、スルッと話されることであり、ストーリー自体には何ら影響を与えませんが、なぜ化学治療を放射線治療と誤訳したのか??そんな些末なことに目くじら立てるなと言う人も必ず居るでしょう。ですが、全然違うことを訳されていては、監督や脚本家、そして実在したであろう彼女の母親に対して侮辱になると思うんですよ、私は。(彼女の母親の話が実在しなかったなら、このシーンを入れる必要はないはずですので、やっぱり実在したと思いますわ。)彼女の母親は、化学治療を拒否して天に旅立ちました。放射線治療を拒否したのではありません。化学治療と放射線治療は、天と地ほどの差があります。なぜこんなアホみたいな誤訳をしたのか?そして、その誤訳に気がつかない配給会社もアホすぎます。この映画、ほぼ半分がインドの言語ですので、そちらはわかりません。あと半分の英語の方は、非常に簡単な台詞ばかりでしたので、逆にこの誤訳が目立ちましたね。意訳じゃないです、誤訳です


そこそこにいい映画なのに、訳担当が戸田奈●子ということで私自身の期待感はだだ下がり。もう、今ではいい字幕翻訳家がたくさん居ます。字幕翻訳家がいなかった時代じゃないのです。誤訳女王を使う必要がどこにある?他の字幕翻訳家たちでも、たまに意訳はありますよ。字数制限があるからある意味仕方ありません。ですが、戸田奈●子のような誤訳はほとんど見かけません。


あ、ついでに誤訳女王の誤訳も確認してくださいな。ストーリーに入り込んでいて、気がつかないかも。

2017年4月27日 (木)

簡易ギプスもとれました。これでほぼ普通に歩けます。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


本日で、骨折してからちょうど4週間すぎました。早いものです。


今日もX-Rayを撮りましたが、まだ骨折線は見えます。ですが、もう骨折部を軽くたたいても痛みが出ません。骨折部のずれもなく、きれいにくっついています。整形曰く、次の2週間で多分骨折線は消えるんじゃないか?と。


治癒が非常にうまく進んでいるようです。骨折した日もそうでしたが、この足で結構歩き回ったのに、ずれも起こらずきれいに治ってきてくれている、自分の体に感謝です。


治り具合がいいので、今日で簡易ギプスもとれました。今後は、弾性包帯による固定だけでいけそうです。足が軽いわ〜〜〜!


整形からの帰り道、簡易ギプスがないだけで、これだけ歩くのが楽になるのか、と改めて感動しましたわ〜。ですが、この4週間、ギプスと簡易ギプスで固定していたので、まだまだ足首が硬いです。ゆえに、ちょっと歩き方がまだ変です。


ですが、簡易ギプスもとれて弾性包帯だけになったので、普通に靴を履くことができます。歩く速度もほぼ通常速度になれるかと。


足首の靱帯がまだ堅いので、いまから徐々に日々のリハビリを兼ねた運動と自分で打つ鍼灸治療でよくなっていくだろうと思われます。いやぁ、普通に歩けるって実に素晴らしい!!健康が何より大事だと、改めて実感しました。


剥離骨折部はまだまだ時間がかかりそうです。そのせいか、まだくるぶしは浮腫んだまま。ここも治癒を早めたいところです。

午後8時の訪問者を見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『午後8時の訪問者』を見てきました。個人的ランクD。公式ホームページはこちら


う〜ん、主人公が医者なんです。女医です。個人的には、この物語の発端となる、急患かもしれない、玄関の呼び鈴を押されたにもかかわらず、『受付時間を1時間も過ぎているから』という私からすればあり得ない理由で無視した結果起こった事件。正直、この急患かもしれないことを無視したこの女医の行為に対して、冒頭からかなり腹が立ちました。時間外だから無視してもいいの?なにそれ?普通の仕事ならそれでもいいでしょう。ですが、医療者はそれではいけないと思うのですよ、私は。体の痛みに、病に苦しんでいる人を助けるために、助けたいからこそ医療者という生き方を選んだはずです。ならば、それを根底から無視する行為である、時間外だから応答しないというのは、私個人としては許しがたいのです。


この女医、冒頭ではあくまで臨時の医師として町中のクリニックに来ているのだからと言う甘えが見て取れます。臨時の代理医師だから、ある程度緩くやってもいいわ、と言う。患者からすればたまったものじゃないです。まぁ、この女医のこの甘えた考えが、あとあとこの女医自身を苦しめます。当然の帰結です。正直、人一人の命のことを、事件が起こったことによって初めて真正面から見つめられたのか、この女医は!と腹が立ちましたけど。きっと、今までの人生でも、医学生のときなどでも、自分の行為が人一人の命を左右するということを全く考えずに育ってきたのでしょう。ある意味、運がいいともいえますが、医療者としては致命的だと思いますがね。


でもこの女医のよいところは、自分の行為によって人一人の命を左右すると言うことに気がつき、どうやらもっといい病院に就職先が決まっていたのに、この町中のクリニックを継ぐことを決めます。病院に寝泊まります。はい、いつ急患が来てもいいように、です。これが本来の医師の姿です。今の日本の医師はどうですか?違いますよね。昔の町医者は、自分の家がそのまま医院でした。ですので、24時間、いつでも急患を受け付けましたが、今の医師は医院と住む家を別にしています。医師にも自分の時間というものが必要だといえば、そりゃそうです。でも、住んでいるところと医院を別にしていると言うことは、この映画の冒頭と同じく、時間外は『知りません』という意思表示です。医は仁術だったはずでは?も、本当に今の日本では、医は算術になっていますね〜。


15、6歳の少年がストレス性の疾患になりますが、これは本当です。強いストレスを抱えていると、それを飲み込めないので嘔吐、嘔気として症状が出ます。日本語で表現される、腑に落ちる。これは的を射た表現なのですよ。腑に落ちないものは、吐き出すしかないのですから。ちなみに、東洋医学では、胃は腑になります。臓は脾です。ですので、腑に落ちるという表現は、東洋医学的にも非常に理にかなっています。


物語自体は、淡々と進んでいくので面白みに欠けます。人によっては途中で寝てしまうかも。サスペンスとも違うので。私はこの主人公の女医の、医師としての成長物語では?と思いましたね。


あぁ、そうそう。この女医のもう一つの欠点というか、個人的に許しがたいことがありました。喫煙です。この女医、よく喫煙します。え〜と、喫煙がどれほど健康を害するか、これほど言われているにもかかわらず、フランスではいいの?医師自らが喫煙していながら、たとえば高血圧、糖尿病、心疾患という患者さんたちには禁煙を言えませんよ。患者側としても、医師が喫煙しているのに禁煙しろと言われて、ハイと素直に従えますか?その警告を受け入れることができますか?それともフランス人は、そんなこと気にしない人間ばかりなのかしら?

2017年4月24日 (月)

私自身が自分の治療を受けたいわ!

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。

ギブスがとれ、日中動くときは簡易ギブスをつけて動いています。それでも片足を引きずりながらの歩行ですし、治療中などは右膝を立てたままの姿勢を取ることがほとんどです。

この姿勢と歩行の性で、左足首、左股関節、右股関節に変な痛みが出始めてます。これが、人間の体は一体であり、西洋医学が考えるような、部品部品で組み上がっている機械ではない、と言うことの証拠です。確かに、骨や筋肉と言ったものを部品と考えることもできますが、それらが非常に巧妙精緻に、人間ではそのようにつなぎ合わせることなど到底不可能という状態になっていること。これはもう、まさに神の手になる芸術としか言い様がありません。人間ごときが、神の手による芸術作品と同じことをしようとしたって、無理なのは明白です。もし、そんなことが可能なら、手術の後で、その後遺症に悩む人など誰一人いないことになります。手術を受けたのに、後遺症で苦しむのは当たり前とか、そんな後遺症が出ることはないと言う人、それはあなた自身が手術を受けたことがあるのか?と声を大にして問いかけますよ。

すべての筋肉、関節が精緻巧妙に連携してできあがっているのが人体です。今回、私は足首の骨折ですが、そのせいで他の関節に痛みが出る。これは当然のことです。だからこそ、本来の医療者の治療というものは、体全身を診た上で、全身に対して治療を施すものでなくてはならないはずです。違いますか?私の述べていることは、おかしいですか?

西洋医学は、この全身を診ることができない医療です。理由は前出のように、人体を機械としてみているからです。部品として人体の構成部分を見ているから、壊れたら交換すればいい、悪くなった部分は新しいものにしてしまえばいい。そう、その悪くなった部分しか見ていないのです。機械ならそれでいいでしょう。悪くなった部品を交換すれば、元のように動き出すわけですから。人間はそうはいかないのですよ。たとえば、人工股関節。悪くなった股関節を人工股関節に交換すれば、見かけは正常に見えます。ところが、実際は手術後の傷がうずいたり、問題のないはずの人工股関節なのにそこに痛みが出たり、自前の股関節の時とは違って可動域に制限が出ますし、患者さんは常々ちょっとでも無理をしたら外れるのではないか?と非常に気にしておられます。これって、QOLに大きな不安を残したままと言うことでは?

西洋医学を全否定しているわけじゃないですよ。潰れてしまってどうしようもない関節を、人工物に置き換えることによって、とりあえず日常生活を送れるようにする技術はすごいものです。感染症に対する抗生物質も、それは素晴らしいのです。ただ、西洋医学はそこ止まり。もともとの、戦場医学がその発端である西洋医学は、汎用性がないといえます。つまり、慢性疾患や、私のように一箇所を痛めた故に他の場所に異常が起こっても対処のしようがない。逆に東洋医学はどうか?といいますと、慢性疾患や私のような症状には十二分に対処可能ですが、潰れた関節を元に戻すことなど不可能ですし、感染症に対しても抗生物質ほどの劇的効果を持っていません。東洋医学は戦場医学として起こったものではなく、人間が日常生活を送っている中で必要となり、発達してきた医学なのです。

根性坐骨神経症およびヘルニアの時より、他の場所への影響が強いのが今回の骨折ですね。痛みの程度で言えば、根性坐骨神経症やヘルニアの方が、今回の骨折より100倍以上痛いですけど!!どれほどの痛みか想像できない人は、私の以前のブログを読んでみるといいですわ。そこに、ヘルニアと根性坐骨神経症の痛みについてつらつら書いてあります。日常生活の不自由さはほぼ同程度といえますが、他の関節などへの影響度は骨折の方がずっと高いです。

近所に、私と同じように全身を診ることのできる鍼灸師がいればいいのですが、どうも居ないようです。ま、当然でしょうか。ほとんどの今の鍼灸師は、西洋医師と同じく、その場所しか診ることができませんので。本来の意味での鍼灸治療ができる人は、実に少ないのですよ。その分、困る患者さんが増えるわけですし、西洋医師とは患者の取り合いになって争うことになるわけで。

なぜ全身を診ることのできる鍼灸師がほとんどいないのか?まず、学校で教えないことがその理由の一つ。全身を診ることのできる鍼灸師が学校で教えないことがその二つ。特に、鍼灸学校で、全身治療の重要性を教えないのが一番の問題かと思います。なにせ、教師自身が全身治療ができない。できないから学生に教えることができない。まさに悪循環!その結果、排出する卒業生は当然全身治療ができない。患者は治らない。当然の帰結として、鍼灸治療は効果がないとレッテルを貼られます。鍼灸教育が変わらない限り、この悪循環は断ち切れないと思いますね。と同時に、全身治療ができる鍼灸師がいかに貴重であり、そんな鍼灸師に巡り会えて治療を受けている患者さんたちは、とても幸運だと思います。

現在、ある意味障害者であり、きちんと対処できる鍼灸治療をのぞみながらそれを行える鍼灸師がいないことにほぼ絶望している私です。

2017年4月15日 (土)

ようやくギブスがとれましたが、同時に新たなことが判明(ある意味予想通り?)

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


昨日、13日で骨折してから2週間。動きにくいギブスでよく我慢したと自分自身を褒めながら、整形にてギブスを外してもらいました。X-Rayを撮りましたら、骨折部のずれもなく、きれいについていました。


とはいえ、まだ仮骨というか、かろうじてくっついている状態です。まだ今から4ヶ月以上はかかると言われました。


今回は自分のX-Rayデータをもらってきました。2週間前の受傷直後のものも含めて。わかりにくいかもしれませんが、2週間前より折れた部分の色が薄くなっています。


でもって、私個人的に懸念していたことが判明しました。折れた部分は靱帯付着部。きれいに折れていましたが、その付着部も、もしかしたら剥離骨折してんじゃないの?と。昨日の新たなX-Rayでそのことがわかりました。ある意味、予想通りといえます。ただ、剥離骨折の程度が軽いので、このまま安静にしていれば徐々に回復するはずです。それも含めての4ヶ月以上という意味でしょう。2週間前の時は整形もそこまで見ていなかったのかしら?結果として、正確に述べると剥離骨折も入れて2カ所で骨折していると言うことになります。あら、重傷だわこれ。😱


もらったデータに、この剥離骨折のデータが入っていませんでした。あれ?院長、入れ忘れたのかな? よく見直したら、剥離骨折のデータありました。


折れた直後のくるぶしです。整形に行く前に自分で鍼を打ち、瘀血が出るかどうかの確認をした直後の写真です。瘀血が出ましたね〜。にしても、みごとに腫れ上がっています。ですが、内出血は一切見られません。

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こんな感じにギブス固定されていました。

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昨日、ギブスを取った後ですが、変な圧迫を受けていたのか、内出血(瘀血)が。治打撲一方を服薬しているので、この程度で済んでいるのかもしれませんが・・・。治打撲一方は、瘀血を排出する駆於血剤です。

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受傷箇所。くるぶしの腫れはまだ残っていますね。ですが、受聴直後に比べれば当然小さくなっていますよ。ついでに言いますと、ギブスを外した直後は足が浮腫んでいました。そりゃそうですね。動かさずにいたわけですから。

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つづいてX-Rayです。
折れた直後の写真から。丸で囲ってある部分が折れています。黒い線があるのが見えますね?これが骨折部分です。

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拡大。骨の輪郭がずれていません。たとえテーピングとはいえ、すぐに固定しておいたのがよかったのだろうと思います。

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剥離骨折部分です。受傷直後でもしっかり写ってました。たんに院長から説明がなかったのか、見落としていたのか?見事に剥離骨折しています。ちぎれた繊維の断面のように、びらびらとしたものが確認できますよね?ここが靱帯付着部の剥離骨折です。

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2週間後のX-Rayです。受傷直後に比べると、黒い線が薄くなっているのがわかります?え?わかりませんか?ほんの少し薄くなっているのですけど。😅ギブスをしたまま往診していましたが、骨折部がずれてなくてよかったです。

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剥離骨折部の修復はあまり見られません。これは時間がかかります。


昨晩は、2週間ぶりにギブスなしで寝ることができました。足首の靱帯が伸びにくいので、違和感はありましたが、寝返り等で痛みで目が覚めることもなく。いやぁ、足が軽くて楽です。


ですが、まだ日中動くときには簡易ギブスをつけなくてはいけません。めんどくさくても仕方ありません。


今日から自分で受傷部位に鍼灸治療を施す予定です。昨晩は治療よりも先に、風呂で洗いたくて。


さて、医師は4ヶ月以上と述べましたが、漢方(治打撲一方)と鍼灸治療を併用した場合、その期間を短縮できるかどうか?自分の体を使った実験にワクワクします!

2017年4月 8日 (土)

日本人は冷たい。これは本当だと思いますね。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


骨折してから、移動時にはほぼ必ず松葉杖をついています。まだギプスがとれないので、仕方ないと言えば仕方ありません。


さて、タイトルの『日本人は冷たい』ですが、これって、元ネタはラジオからです。ラジオのCMで『日本人は冷たくない』というのが流れます。


さて、本当だろうか?自分自身が骨折して、松葉杖を使っている身で体験してきたことを思うと、正直、『日本人は冷たい』としか言い様がないです。


目の前で往診用の大きなダッフルバッグを背負ったまま、もしくはダッフルバッグを足もとにおいて、松葉杖にすがって立っている私を気がつく人がいないという現実。目の前に松葉杖で立っている人間が立っていても、気がつかないのか無視しているのか、手元のスマホに夢中の人間たち。いや、実に面白いですわ。これが今の日本の社会の縮図なんだと改めて思い知りましたよ。


私に席を譲れと言っているんじゃないですよ。必ずおかしな勘違いをする人間が巷にあふれているので、わざわざ書きます。目の前に弱者がいても、そのことに対して何ら気にしない人間がこれほど多いと言うことを嘆いているだけです。私自身が医療者で、普段から肉体的にも精神的にも弱っている人に寄り添っているからなおさらそう感じるのかもしれません。たとえ今、あなたが健常であっても、明日もそうであるとは限らないのです。そんな保証は一切ありません。ならば、健常の時にこそ、非健常者に対して優しさを示すのが、成熟した人間ではないでしょうか?まぁ、今の日本で成熟した人間がどれほどいるのかは、はなはだ疑問ではありますけど。先日の復興相のように、この国の政府の今までの無策ぶりと、電力会社の金儲け主義によって起こった『人災』のせいで、生まれ育った場所を追われた人たちに対して、平気で『自己責任』と言い放つような、現状認識もできないとことん腐りきった輩が多すぎるのです。


弱者はとことん弱者でいろ、自分はそうじゃないから見て見ぬ振りをするわ、と言うことかな、と。弱者は隅で小さくしていろ。むしろ電車に乗るな、ということでしょうかね?


この短期間であっても、席を譲ってくれたのはたった2件。1件は小学生から、2件目は10代後半から20代とおぼしき女性から。
電車やエレベーターの扉が開く前から、走って飛び込んでくるような
『とてつもなく元気な』高齢者と呼ばれる年寄りたちから、席を譲られたことはただの一度もありませんよ。むしろ、そういう年寄りたちの方が質が悪いですね。自分たちの方が年寄りなのだからという自意識過剰があるのでしょうか、松葉杖をついている、明らかに不自由な人間より、年寄りの自分たちの方が優先されてしかるべきだという認識が強すぎると思いますわ。


並んでいる列に平気で割り込む、走ってエレベーターに飛び込めるほど元気な年寄りが、果たして年寄りと言っていいものかどうか?そして、そういう、むやみやたらに元気な、不自由のかけらも見られないような年寄りが、明らかに障害を現在抱えている人間を押しのけて自分たちを優先しろと言わんばかりの態度。これって、かなりの問題だと私は体験からいえます。


駅のエレベーターでもそうです。松葉杖をついて階段を昇降するのは、結構な恐怖を伴います。だからこそ、こういうときのためにエレベーターを使いますが、どこも悪くない、元気いっぱいの人間の方が急いでエレベーターに直進してきます。見てきた限りでは、そういうことをする人間は

  • 男より女の方が多く
  • 中年以降の人間

が明らかに多いです。医療者として、『そんなに元気なら、筋トレをかねて階段をつかわんかい!』と怒鳴りたくなります。若い人間の方が、まだ他者への心遣いをしているように見受けられます。あれ?本来なら、人生経験を積んだ高齢者の方が、他者への心遣いが若年者よりよりよくできるはずですが?今の日本では、他者を思いやることのできない高齢者の方が、明らかに多いというのが現実のようです。


ついでに言うと、名古屋の地下鉄はエレベーターが設置されていることはうれしいのですが、駅によってはその設置場所に問題があるなぁ、と。エレベーターまで結構な距離を歩かなくてはいけないのですよ。思わず、それなら転倒の危険を冒してでも階段を使った方が早いのでは?と思うほどです。駅の大きさの割にエレベーターの設置数と場所が悪いなと思ったのは、今池駅、吹上駅、そして栄駅ですね。栄駅はまるで迷路のように感じましたわ。古い駅ゆえ、後付けでエレベーターを追加設置したためでしょうか?まだ使っていませんが、名古屋駅、それも特に名鉄の方は、もっと移動に不自由さを感じるだろうと、今のこの不自由な体だと辛いと思います。


今日は今日で、栄駅で、松葉杖をつきながら歩いている私にぶつかってきたおっさんがいましたわ。電車に急いで乗ろうとしていたようですが、ある意味、現在障害者に区分される私にぶつかってでも、押しのけてでも電車に乗ろうというその態度。そのおっさん、目が不自由だったわけじゃないですよ、健常者です。久しぶりに怒りがふつふつとわきましたわ〜。😡annoy正直、松葉杖で殴ってやろうかと思うほど。運良く、私がバランスを崩さず、倒れなかったのでよかったですが、倒れていたらどうしていただろうか?もしそうなったら、私も黙ってなかったと思いますけど。


考えられないほど日本人の心が荒廃していると、私自身の身をもって感じた次第です。この心の荒廃が、今の腐りきった日本社会、そして糞政治屋、糞官僚共を生み出した元凶であると心底思いますね。学歴や家柄、金を持っているかどうかといった、見た目だけでその人間を判断してきた結果が今の日本です。あぁ、こういう『日本人は冷たいのだ』と言うことを学ぶために今回骨折したのかも。


私の書いたことを嘘だと思うのなら、ぜひ足を折って松葉杖をついてくださいな。その状態で公共交通機関を使ってみるといい。そこで出会うのは、人の温かさより、むしろ冷たさであり、人間(特に日本人)というものに対する絶望を味わうことでしょうから。再度書きます。私の書いたことを嘘だと思うのなら、私と同じ状態になってみることが必要ですよ。その上で、あなたが私と違って毎回席を譲ってもらえたり、一度も押しのけられることもなかったのなら、反論をしてもいいです。


日本人は冷たい。私は現状、身をもって心底そう感じてます。『日本死ね』と述べた人の気持ち、改めて私もそう感じてますよ。えぇ、今の私ならいえます、『日本死ね!』と私も声を大にして言いたいです。弱者を思いやれない人間の集まっている国なんて、まともな国じゃないです。そんな国は、滅びてしまえばいいのです。え?過激な考えですか?私と同じような経験をしてもそう言えますか?

2017年4月 5日 (水)

『日本と再生』自主上映会です

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


4/8(土)、名古屋で『日本と再生』の自主上映会が開催されます。


これをぜひ多くの人が見て、日本にはもう原発なんて必要ないと知ってほしいです。人間が制御できないものに、腐りきった政府や官僚、そして電力会社や利権に群がるダニみたいな人間が群がっています。まるで腐ったものにたかる、蠅やウジ虫のようですわ。そして残念ながら、そういう奴らがなぜか金や権力というものを持っている、持って行くのですよね。いかにこの国が、そしてこの社会が腐っていることの証明としか思えないです。


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お時間のある方は、ぜひ足をお運びください。そして、自分の目で見て、いかに政府や東電などの電力会社の行っていることが間違っているか、この世にはこんなにも原発を必要としなくても十分電力をまかなうことができるのだと言うことを、その自身の目で見て学んでほしいと切に願います。


実に多くの日本人が、自分の頭で物事を考えることを放棄しているとしか思えないのが、現在の日本です。本当に原発が必要なのか、自分の頭で、そして心で感じて考えてほしいです。

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