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2017年3月10日 (金)

元名古屋大学学生による殺人事件、犯人の言葉などについて。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


う〜む、個人的な意見なのですが、サイコパスというのはこういうことなのだな、と。元名古屋大学学生による殺人事件の記事を読んで、改めて思いました。


元名大生事件:「いまだ殺したい気持ち湧く」被告人質問で
2017年03月07日 21時36分 毎日新聞

 名古屋市で高齢女性を殺害し、仙台市で高校の同級生ら2人に硫酸タリウムを飲ませたなどとされる元名古屋大学生の女(21)=事件当時16~19歳=は7日、名古屋地裁(山田耕司裁判長)の裁判員裁判の公判で被告人質問に答え「こういう事件を二度と起こしたくない」と語る一方、「いまだに殺したいという気持ちが湧くのでコントロールできず困っている」と話した。

 この日は情状面に関する被告人質問が行われた。まず弁護側が質問し、人を殺したい気持ちがまだあるか問われた元学生は「たまにあります」と答えた。被害者や遺族に対して「謝罪したい思いはあるが、仕方が分からない。反省したい気持ちはあるけれど、そもそも反省とは何かが分からない」と述べた。

 裁判中につらかった点として、被害者や遺族の調書が読まれた時のこと、自分に障害があると言われたことを挙げた。治療の機会があれば取り組むかを聞かれると「気持ちはあります」と話した。

 検察側は裁判中にどのような気持ちでいたかを尋ね、元学生は「被害者の言葉を聞くのがつらかった。自分の知らなかった苦痛が見えてきてショックを受けた」と答えた。高齢女性の遺族の感情に関しては「女性がいなくなって生活に不便が出るから怒りが出るのかと思っていた。女性を失ったことが怒りや悲しみにつながっていると知ってびっくりした」と述べた。

 殺さなければ良かったという思いがあるか聞かれ「思う時はある。でも、殺害しない方法に持っていく自信はありません」と語った。裁判中に人を殺したくなったことがあるかでは「1回だけあった。誰でもいいと思いました。すぐに収まりました」と話した。

 自分の将来について「二度と犯罪を起こしたくない」と述べた。その後、山田裁判長からの同様の質問に「人を殺さない自分になっていたい」と答えた。

 被告人質問に続き、タリウム事件で重度の視覚障害が残った高校時代の同級生男性(21)が法廷で意見陳述し「さまざまな場面で『この事件さえなければ』と感情が高ぶることがある」と話した。

 元学生に対しては「事件を人ごとのように話していると感じた。これ以上、謝罪や反省は求めない。許すつもりもない。一生刑務所に入って罪を償ってほしい」と述べた。

 裁判は10日の次回公判で結審し、24日に判決が言い渡される予定。


この記事にあるように、『反省とは何かがわからない』。つまり、言葉として『反省』ということは口をついて出ても、それがいったいどういう意味なのか、どう考えなければいけないのかと言うことなどが、さっぱりわからない。文字通り『わからない』のでしょう。自分のしたことが間違っているということすら、実際は理解していないと言うことです。未だにこの人の心の中では、自分がずっと興味を持っていたことを行っただけなのに、ということでいっぱいなのだと思われます。


また、『障害がある』と言われたことが辛かったともあります。これも、自分は『正常』だと思っているからこそ出てきた言葉でしょう。人を殺す自分が正常なのです。


自分が殺した女性の遺族に対しても、『女性がいなくなって日常生活に不便がでたからという理由で怒るだろうと思っていた』という、損得勘定でしか物事を見ていないことにも驚きです。今までいた愛する人が突然いなくなってしまった、それも殺されたという喪失感、絶望感というものを全く理解できていません。人というものを『物』としか認識できていない発言だと思います。他者に対してそう思うのなら、自分自身に対しても同じように『物』として捉えればいいのですが、そうじゃないのですね。20歳にもなって、他者の感情ということを想像する、察する、ということが全くできない人間と言うことかと。正直、この発言が一番恐怖を感じました。


未だに殺人衝動があるということを正直に述べています。これって、今からたぶん行われるであろう投薬や認知療法などで矯正できるものなのでしょうか?私は無理じゃないか?と思います。だいたい、サイコパスを治療できるような薬物なんてないと思いますし。もし、そんな精神状態を矯正できるような薬があれば、ストーカーにも同じように使うことができると思いますけど。ですが、現状、ストーカーに対する医療行為は認知療法のみのようです。その認知療法もどれほどの効果を出せるのか、未だ未知数だと思います。人は弱いのです。どれだけ頭で『他人を殺しちゃいけない』と自分を抑えつけようとしても、なんだかんだと自分自身に対して理由をつけて、その抑えつけていたことを解放するものです。抑制だけで行動が変わるのなら、禁煙や禁酒も楽なはずでしょ?喫煙はニコチン依存症、酒もアルコール依存症です。物質(化学物質)がその依存の原因となっていますが、体がその物質による快楽を忘れられないからです。この犯人のような殺人衝動は精神的なものだから違うのでは?と思いますか?では、性行為依存症はどうですか?これも、精神的な欲求を抑えつけることが結構難しい様です。この犯人のような、殺人依存症ともいえるような、殺人衝動の抑制は果たして今後、この犯人が生きている間可能なのだろうか?とやっぱり疑問に思うのです。


ゆがんだ認知による大量殺人も日本で起こりましたし、世界ではこれが虐殺にまでなっているケースもあります。戦争もある意味、ゆがんだ認知による虐殺だと思います。そんなゆがんだ認知を持つ人間を、どう矯正するのか?できるのか?です。


この記事にあるように、私も被害者と同じく『事件を人ごとのように話している』と感じました。多分、現状この犯人の矯正なんて無理だとしか思えません。


疑問に思うのが、こういうサイコパスの場合、他者を殺す方に行くのにちゅうちょ無いのに、その殺意が自分の方に向くことは決してないと言うこと。それほどの殺意、是非自分に向けてほしいですわ。自分に火をつけたらどう感じる?腹にナイフを突き立てれば出血はどう出る、痛みはどうか?自分自身の体で試してみたら?と思うのですけど。そう思わないからサイコパスなのか?


日本では、無期懲役でも10年ぐらいで出てきてしまいます。これってかなり問題があると思います。海外のように、仮釈放なしの終身刑というものを作るべきでは?と時々思います。特にこの犯人のような、他者の命に対しての尊厳もなにもない、人を殺したいという衝動が常々わき上がる人間なら、現状どうしようもないので社会復帰をさせる方が危険だと思えて仕方が無いです。


アメリカの精神科医が書いた本によると、アメリカでは1000人に1人がサイコパスのようです。日本でもそう変わらないのではないか?と思えます。程度の差こそあれ、ある一定数サイコパスが存在します。(現世の成功者と呼ばれる人たちの多くが、程度の差こそあれサイコパスの傾向が強いとも言われています。サイコパスだから、他人の意見も気にせず自分の目的に向かって邁進するからだそうです。)もしかしたら私もそうなのかもしれません。ですが、今のところ人を殺したいという衝動も欲求もなければ、他者を簡単に傷つけてでも自らの欲求を追求・満足したいという気持ちは全くないので、多分違うのでは?と自己分析しています。これをしたらどうなる?ということを『想像』できるのは人間だけですし、これがあるから危険を回避でき、他者を傷つけることもしないはずです。そういう意味では、サイコパスはこの人間特有の能力である『想像』という能力が欠如しているといえると思います。


まぁ、最近の日本人は、老いも若きもこの想像力が欠如している輩が非常に多いなぁといつも感じますけど。そういう意味では、程度の差はあれ、サイコパスでこの世はあふれている?!

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