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2017年2月12日 (日)

死を選ぶより、生き抜いて将来笑ってやった方が

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


教師の質の劣化が激しいなと。また悲しい事件が起こりました。


<愛知・中3飛び降り死>担任教諭に不信感 市教委が公表
毎日新聞 2/11(土) 22:21配信

 愛知県一宮市立中学校3年の男子生徒(14)が6日に大阪市のビルで飛び降り自殺したとみられる問題で、一宮市教育委員会は11日に記者会見し、この生徒が担任の男性教諭に不信感を持っていたことを明らかにした。市教委は第三者委員会を設置し、原因と担任教諭や学校の責任などについて調査する。

 市教委によると、生徒は昨年9月の体育祭の組み体操でけがをして、病院で両手親指の骨にひびが入ったことが分かった。それを母親が学校に連絡した際、担任教諭はけがを教頭に報告しておらず、対応などから不信感を持つようになったという。保険手続きにも不備があり、両親は改善を求めていた。

 生徒も両親に「担任が親身になってくれない」と話していたとされる。学校側は別の教諭が見守ったり、進路指導の担当を代えたりして対応をしていた。

 両親は「自殺の原因は不信感がたまったから」と話しているという。生徒は今月6日の夕方、友人に「さよなら」と言って行方が分からなくなった。友人に預けた携帯ゲーム機に「遺言」と題して「担任によって学力、存在価値、生きがい、性格、私の人生全てを壊された」などと書き込まれていた。

 記者会見した中野和雄教育長は「行動の裏にある心が見えなかった。おわびしたい」と謝罪した。さらに「自ら死を選ぶまでに思い悩んでいたことに気付かず、申し訳ない。責任を感じている」とした10日のコメントを「担任と学校に対する不信感などから生徒が自ら死を選ぶまでに至ったことは責任を感じている」と訂正した。


この記事を読んですぐに思い出したのが、私の高校三年の時の担任の事です。


私、当時左肘の肘部管症候群にかかり、なんとか手術をせずに済ませたいと保存療法を取っていました。ですが、この肘部管症候群、神経の疾患のため見た目はどこも悪くありません。神経の疾患はここが難しいところです。本人の辛さが他者からでは理解されづらいのです。当時の担任からは『怠けたくて嘘をついている』と見られていたようで。医師の診断書もちゃんと提出してありましたが、それを無視した担任。上記の記事でも、体育で両手拇指にヒビが入ったにもかかわらず、担任は上に知らせることをしなかったとのこと。担任は自分のところで生徒の情報を握りつぶしたとみられてもおかしくないです。私のケースでも同じでしたね。担任に提出した診断書は学年主任や教頭などに伝えられることもなく、担任のところだけで止められていたと思います。


この子が『遺言』として残した文面、凄く共感してしまいました。上記の通り、私も当時の担任から存在価値も、性格も、なにより人格まで否定されることをよくされましたから。例えば、国語のテストで(どうしたことか)クラス1位の点数を取ってしまったとき、担任からは「お前、カンニングしたんじゃないだろうな?」と言いがかりを付けられたこと。肘部管症候群のために重いものを持つことができないのに、クラス全員分の卒業アルバムを私一人で持ってこさせたこと。同じくこの疾患のために、握力がほとんどなくなり物を保持することができないからクラス活動で行ったソフトボールに参加しなかったことを、あとから内申書に「協調性がない」と書かれたこと。十何年ぶりに夏風邪を引き、40度超えの発熱で一週間休んだあと、体力が回復していなくてふらふらで出校したのに、担任から「一週間遊んでいたならもう大丈夫だろう」と揶揄されたこと。実際はほぼ毎日のように担任からは様々ないじめをチクチク受けていたので、小さな事はもう憶えていないです。


まぁ、私のいた東○高校自体、当時は管理教育として超有名で、生徒の人格を教師が無視するのは当然という学校でした教師からの言葉の暴力は日常的でしたし。体罰がなくなったのは、私の入学する前年に○郷高校教師による体罰について書かれた本が出版され、話題になったからです。それまでは、竹刀を持ち歩いていた数学教師もいました。当の本人である数学教師から聞いたのですから間違いないです。担任教師以外では、国語教師から「窓から飛び降りて死ね」と言われたことがありますわ。体育教師からは「肺がんで死んだって良いじゃん」「お前らクズだ!」「俺を辞めさせたいならお前も退学しろ!」等々。おぉ、こうして思い出すと、今ならパワハラ、モラハラで訴えて勝てますね。精神的慰謝料をもらえるレベルかと。私がそんな毎日を学校で過ごしていながら死を選ばなかったのは、『学校が全てではなかったから』につきます。ふと思いましたが、東○高校は今でもこういう管理教育のままなのかしら?だとしたら、時代錯誤も甚だしいとしか思えないのですが。


悲しい記事を読みながら、私も当時、担任と学校に対して『全く信頼していなかった』ことを思い出しました。学校が信じられないのなら、その学校に行く必要はありません。撤退も勇気ある行動です。いや、撤退ができる人間は実に素晴らしいのです!兵法でも、撤退ができる将校こそ一流と言われます。なぜならば、生き延びた兵士・将校だけが後生一流といわれることになるからです。死んだ兵士は後の世で何も言われません。


死を選んでは無駄になります。この少年の担任も学校も、彼の死を真摯に受け止めることはしないでしょうから。人間って、当の本人が真剣に自分に向き合って変わろうとしなければ変われません。こんな学校や担任が、自分たちが間違っていたと本気で反省すると思えないです。そんな学校と担任に思い知らせるために死を選んでも、相手に何ら伝わることはないので止めた方が良いです。それよりも、学校に行かない。転校する。今ではフリースクールもあります。市町村の図書館で一人勉強すれば良いのです。そんな嫌な担任がいる学校で勉強なんてできるわけがありません。私も今思えば、学校に行かずに図書館で勉強していればよかったなぁと本当に思います。


死を選ぶのではなく、生き続けることを選んで欲しいと、学校のことで担任のことで悩んでいる学生達に伝えたいです。生きてさえいれば、必ず『生きててよかった』と思えることに巡り会えます。


残念なことですが、加害者は自分のしたことをすぐ忘れます。被害者は決して、一生涯忘れることがありません。私も当時の担任や他の教師たちからされたこと、言われたことを今でもこうしてすぐに思い出せるのですから。当の教師たちは自分のした事なんて、忘却の彼方でしょう。そんな奴らのために死をもって訴えるのはバカらしくなりませんか?生き抜いて立派になり、長じてからそのバカな奴らを逆に笑ってやる方がずっと復讐のしがいがありますよ!

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