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2017年1月の10件の記事

2017年1月16日 (月)

韓国政府や韓国警察など、政府機関の腐敗ッぷりも凄いですわ。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


いやはや、韓国という国の政府は何処まで腐っているのか?と。あぁ、今の日本もそう変わりないなと思いますけどね、個人的には。え?そう思わない?日本の方がずっとマシ?そうですか?本当にそうと言い切れますか?


韓国で沈んだままのセウォル号、100超の穴が開けられ遺体流失の懸念も=韓国ネット「証拠隠滅は確実だな」「それでも真実が沈むことはない」

2017年01月14日 17時40分 Record China

11日、韓国・JTBCテレビは、14年4月に沈没した旅客船セウォル号の船体引き揚げについて報道、証拠隠滅目的との疑念が残る作業が行われていると伝えた。写真は朴槿恵大統領の退陣を求めるビラ、事故当日の大統領の行動を糾弾する内容が書かれている。

2017年1月11日、韓国・JTBCテレビは、14年4月に沈没し海底に沈んだままになっている旅客船セウォル号の船体引き揚げについて報道、証拠隠滅目的との疑念が残る作業が行われていると伝えた。

セウォル号引き揚げを請け負った中国企業・上海サルベージは当初、引き揚げには船体に2個の穴を開ける必要があるとしていた。しかしJTBCが海洋水産部の資料を基に分析したところ、船体にはすでに100以上の穴が開けられていることが判明した。浮力材を設置・固定するための縦横25センチの穴が60個、エアバッグを入れるための縦横最大1.5メートルほどの穴が13個、船内にたまった水を抜くためとして船体下部に開けられた穴が34個、これにテスト用の穴19個を加えると、全部で126個に達する。行方不明者の遺体や遺留品が流れ出すのを防ぐネットを設置したとはいうものの、引き揚げを待つ家族や関係者の心配は尽きない。

また、いかりやマスト、乗り降り用はしごなど、船のさまざまな部品が「引き揚げの邪魔になる」として切断され、事故の真相究明に支障を来すのではとの懸念も出ている。事故の特別調査委員会が「船が左に大きく傾いた原因究明のための重要装備」と指摘していたステビライザーと呼ばれる14の構造物もすでにすべて取り外されてしまった。しかもこうした構造物の切断は、引き揚げの手法を変更した現在では不要な作業だ。そのため犠牲者遺族などからは「なぜあえて難しい手法を使おうとして船体を傷つけたのか。証拠隠滅のためとしか思えない」などの声が上がっている。

この報道に韓国のネットユーザーからも多数の声が寄せられた。

「中国企業に引き揚げを任せたことも、時間稼ぎをしていることも、証拠隠滅のための行為と断定せざるを得ない」
「遺体がなくなるまでわざと引き揚げないといううわさがあったけど、事実みたいだね」
「証拠隠滅は確実だな」

「それでも真実が沈むことはない」
「当初、サムスン重工業が引き揚げを助けてくれると言ってたのに、遺族はなぜ断ったの?」
「現代(ヒュンダイ)が無償で引き揚げるというのも断ったじゃないか」

「おかしな女性一人のせいで国が国じゃなくなってる」
「事故から1000日過ぎても引き揚げられないでいるのは、やっぱり意図的だと思う」
「無理やり陰謀論に結び付ける説が広まっているのはどうかと思うが、いずれにしても真実は必ず明らかにすべきだ」(翻訳・編集/吉金)


映画、『ダイビング・ベル』というドキュメンタリー映画でもしっかり描かれていましたが、韓国政府というか、韓国の権力を持っている輩の腐敗ッぷりが凄すぎですわ。興味がある方は『ダイビング・ベル 映画』で検索をかけてください。


私はこのドキュメンタリーを見てきましたが(あれ?評価を書いていませんね)、腹立たしさは尋常じゃなかったです。見ていて腹が立つのなんのって!ここまで韓国の警察や政府は『人命(国民)を軽視する』ということに、どういう国なんだと。まぁ、今の日本政府もこの腐っている韓国政府とほとんど同じですけどね。国民の命に対してものすごく軽視しているので。この国の何処が?と思う方、南スーダンの自衛隊派遣と、自衛隊員の発砲を許可した政府。南スーダンは戦場であり、紛争地域です。アホの政治屋の無策のために、自衛隊員の命が危険にさらされているのは事実ですが、マスコミも(当然のことながら)政府もその危険性の正確なところを何も国民に伝えてません。まったく、今の自民党と安倍政権は第二次世界大戦時の大本営と全く同じとしか思えないです。


記事を読んでいて思ったのが、映画にしっかり証拠として描かれている、ダイビング・ベルを使っていればもっと多くの生存者と遺体を回収できたのではないか?と言う事実について何も記述されていない不自然さ!ダイビング・ベルを使わなかったことを、マスコミも政府も隠したくて仕方がないのではないか?とうがった見方をしてしまいます。いや、うがった見方と言うより、事実なのではないか?と。この映画について、私から見ると真っ当な意見を述べたサイトがありました。こちらです


記事にあるように、転覆の証拠となる部分を遠慮無く切除して海底に沈めているあたり、なによりその作業を中国企業にさせていると言うこと。いやはや、韓国という国の組織がどれほど腐っているのかと思えて仕方がありません。個人のレベルでは素晴らしい人たちが多いのに、いざ権力を持つ立場の人間になると、どうしてこうも腐った輩ばかりなのか?しかしながら、この全く同じ問題は日本の腐った警察や官僚、政府も同じ穴の狢なので。情け無い限りです。ネット右翼や差別主義者どもの腐った輩、韓国に対してああだこうだという前に、この国の腐ったバカどもにも目を向けんかい、と言いたいですわ。あ、同じ穴の狢だから気がつかないか、目を向けたくないわけか。だれだって、自分の嫌な面を見せつけられるのはとっても不快ですものね。

2017年1月15日 (日)

アメリカ司法は日本よりまともとしか思えないです。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


あ〜、やっぱりというか当然というか。アメリカ社会の暗部が露呈しました。ですが、アメリカ司法は日本と比べると『至極真っ当』なことをしてくれるだけ、羨ましいです。


シカゴ市警黒人射殺、米司法省「不必要な発砲」
2017年01月15日 10時07分 読売新聞

 【ニューヨーク=水野哲也】米司法省は13日、ナイフを持った黒人少年に対し、白人警官が16発も発砲して射殺したシカゴ市警について、組織的な欠陥により武器の使用など不必要な警察力を行使していたとする調査結果を発表した。

 シカゴ市警を巡っては、少年射殺の場面を撮影した警察車両の車載映像が2015年11月に公表され、大規模な抗議デモが発生。司法省は市警の捜査手法について調査していた。

 調査結果では、市警の不当な警察力の行使を憲法違反だとした上で「不必要な発砲が行われてきた」と認定。警官への不十分な教育や不当に発砲した警官への責任追及の不足など、「組織的な欠陥により引き起こされている」と断定した。こうした行為が主に黒人やヒスパニック系住民に対して行われてきたと指摘した。


私がアメリカにいた当時でも、黒人に対しての差別はありました。同様に、東洋人に対しても。私も差別を受けましたから。まぁ、私に対しての差別は、私が身につけた実力を見せつけたことで難なく(ほとんど)解消、それ以後はアメリカ人の方からすり寄ってくると言う結果になりましたけど。


それでも一度、大学警察(アメリカの大学は大きいので、独自の警察機関を持つことが多いです。ただし学内のみに対して権力を持ちます)に質問に行った際、対応したこのオフィサーは私に対して、「お前など銃を使わなくてもひとひねりで殺せるぞ」と言い放ちましたからね。実際に手合わせもしていないのに、見た目だけでこういう考えと返答をするアメリカ人に対して、私自身は『どうしようもねーな、こいつらは』と思ったものです。


情け無いと同時に悲しいことですが、未だアメリカ社会では人種差別が根強くはびこっていると言うことです。本来なら、肌の色や人種などと言う本来カウントしてはいけないことを差別するためのリストに載せることを、市民を守るべきはずの警官がそれをしてしまっていること。なにより、警官教育の時点でそれを教え込んでいるらしいと言うこと。これは日本でも同じですよ。日本の警官はどうやら中国人やイスラム教徒に対しては、最初から『偏見』を持って接するように教えているようですから。そんなはずはないって?ならなぜ、未だに日本の警官なら中国などの社会主義国・共産主義国に旅行に行ってはいけないのはなぜですか?仕事を離れた個人なら、世界中何処に旅行してもいいはずですよね?休暇中であれば、仕事を離れているので何処の国に旅行してもいいはずですよね?ですが実際は違います。なぜ?どうして?ちょっと理論的に考えれば、日本警察という腐った組織も、人種差別を警察学校の時点から教え込んでいるという結論が出るわけです。そして現場の警察官は体育会系の脳筋人間がほとんどであり、長いものに巻かれる主義であるようで。自分の頭でものを考えることをせず、上から言われたことをそのまま何も考えずに実行するだけのロボットですわ。警察学校と警察という組織がそういう人間という名のロボットを作り上げていると言うことです。現場の警察官達は、自分たちが何を行っているのか、それが理にかなっているかどうかすらも考えていないという事実。それどころか、バックに国という絶対権力がいると思うからえらく強権的な態度と違法とさえ言える捜査までしたりしますしね。まぁ、ロボットではなく人間であれば警察官という職業を選ばないでしょうし、途中でロボットから人間になった場合も同じく警官を辞めるでしょうね。昔懐かしい『お巡りさん』という国民に愛されていた職業は、もう存在しないのかもしれません。


アメリカ社会、この司法の判決から少しでも良い方に変わってくれればとてもうれしいです。私にとってもアメリカは第2の故郷です。翻って日本は?相変わらず日本の司法は不都合だらけですね〜。この国は相も変わらず、第二次世界大戦時の特高警察が幅をきかせているとしか思えないですわ。

2017年1月14日 (土)

タトゥー(入れ墨)についてまたいい記事が

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


「タトゥー」を入れた日本人の8割以上の人が後悔! <若気の至り>を消す方法とは?という素晴らしい記事がありました。


この記事にありますが、

米国人の約6人に1人はタトゥーを入れたことを後悔しており、そのうちの11%は、タトゥーを消そうと思っていたり、取り除いた経験があるという統計がある。タトゥーを入れることは、大きな心理的・社会的リスクを負う可能性があるかもしれない。

と。あのアメリカ人ですらタトゥーを入れたことを後悔しているというのです!


さらに記事によると、日本では

若い頃にタトゥーを入れた30〜40代の80%以上の人が、タトゥーを消したいと思っている。人生で損をしてきた、勢いで入れたのが失敗、入れたけど格好悪いなどの理由で除去を実行する人が多い

とのこと。結局、勢いで入れたけどあとで大変後悔していると言うことの証明です。もうね、若気の至りという言葉がありますが、それで済まないことです。タトゥーを入れたことを全く後悔していないのならそれでいいですよ。ですが、日本では結局80%以上の人が後悔しているのです。個人的には、「なら最初から入れるな!入れる前になぜ一歩立ち止まって熟考しなかったのか?!」と言いたいです。


タトゥー除去の難しさについても記事に書かれています。

除去すれば傷跡が残る点だ。傷跡を残さずにタトゥーを消せないのだろうか? 皮膚は浅く薄い表皮と分厚い真皮で構成されているが、タトゥーは表皮の一番下の基底層よりもさらに深い真皮層に色素を閉じ込めるので自然消失しない

です。もしかしたら、若気の至りでタトゥーを入れた人たち、日焼けのように簡単に時間が経てば自然に消えるとでも思っていたのでしょうか?もしそうだとしたら、どこまで無考えのお調子者だったの?と大変疑問に思います。


以前、私も『タトゥー(入れ墨)が消せる?そんな簡単なものじゃないのですよ』というタイトルで書いていますが、この記事でタトゥー除去をしている医師の記事について書いています。完全に綺麗に消すには、皮膚移植しかないですが、色が違ってきたりするのです。それどころか、この記事にあるように

ただし、移植した皮膚が壊死する、血腫ができる、感染症によって化膿するなどのリスクがある

ことも。自己皮膚ですらこうなのですから、他者からの皮膚なら移植片対宿主病(graft versus host disease)、そしてそれを抑えるために免疫抑制剤が必須になります。免疫抑制剤などを服薬するようになれば、一体どんな日和見感染を起こすか分かったものじゃありません。そうまでして除去したいのなら、『なぜタトゥーなど入れた?』と声を大にして言いたくなります。自分が消すときには、そんなこと起こらないと勝手に思い込むのも結構。その選択結果は全て自分で刈り取るだけのことです。


今回の記事の評価できるところは、『安易にネットの情報を鵜呑みにしないように』と書かれていることです。

タトゥー除去に失敗しないために、タトゥー除去をして除去が成功した家族や友人から最適なクリニックの情報を集めよう。インターネットやSNSの口コミなどの情報を安易に鵜呑みにしないように。

 術前にクリニックの施術者から、インフォーム・ドコンセント(説明を受けた上での同意)を受けること、除去法から術後、費用まで詳しくカウンセリングを受け、誤解やトラブルがないように準備することが何より重要だ。

 特に費用は重要だ。除去する部位、除去する形状や大きさなどによる料金設定は、クリニックによって異なる。目先の低料金に心が動きがちだが、施術のクオリティに見合ったトータルコストを提案してくれるクリックを選ぼう。

 ちなみに、費用は、レーザー治療が安く、アブレーション治療(削皮術)、切除法、植皮法の順で高くなるのが一般的だ。

とのこと。あと、同じ医師でも患者の状態によってはその施術結果は違ってくると言うことも、必ず憶えておかなくてはいけないことです。友人が綺麗に消えたから自分もきっと同じように消えるだろう、だって同じ医師だから、と勝手に思い込むのは勝手ですが、体は違うのですよ。免疫反応も治癒反応も違います。同じ医師の施術でも患者によって結果が違って当然なのです。


これを読んでいる人、入れるのは簡単ですが、除去するのは大変な痛みとお金を使う上、元の状態に戻ることは決してないタトゥー。それでも入れますか?

2017年1月13日 (金)

今年は年始早々絶食から始まりました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


タイトル通り、今年の年始は絶食から始まりました〜。


原因は12/31の大晦日に年越しそばです。時間は19時頃。年越しそばを作って食べているときに、噛んでもいないのに頬の内側に突然血豆ができました。これが痛い!でもまだ食べている途中であり、蕎麦を残すなんて言う罰当たりなことはできないし、したくありません。残りの蕎麦は血豆が痛いのであまり噛めず、ほとんど呑み込むように。


む〜、以前も書きましたが血豆は瘀血です。31日も一食でしたので、この年越し蕎麦がこの日初の食事。にもかかわらず血豆ができてしまった・・・。ん〜、本当に自分の脾経の弱さに驚くと同時に嫌気がさしてきました。


瘀血ができてしまったので、絶食です。これが正月早々絶食に至った経緯。水分だけは酒を含めて取っていましたので。固形物を口に入れたのは、翌1/2の昼でしたので、なんだかんだで40時間以上絶食になりました。


何度も絶食していますが、正月早々絶食になったのは初めてです。これは今年に起こるであろう事を暗示しているのかも? と言うことは、今年は一日一食から二日に一食とかになるのかも?それはそれで面白いですけど。ほぼ毎日24時間間隔ぐらいごとに食事をしていますが、これが倍の48時間ごとになると、体にどんな変化が出てくるのか?気分は?精神的には?ただでさえ痩せているのですが、さらに痩せてくるのかそれとも変化がないのか?気の感じ方が変わるのか?などなど、自分の体を使った実験と観察を考えるとわくわくしてしまいます。変ですか??


患者さんにこのことをお話しすると、皆さん驚かれますね。いえ、自分自身が驚いてます。どうして噛んでもいないのに血豆ができるの?とか、単なる年越し蕎麦で血豆ができるってどういうこと?というのが、普通の人からすれば疑問で仕方がないかと。経絡が弱っていると、経絡を痛めることをするとその経絡上に沿ってこうして瘀血ができるのです。胃の経絡は頬の上を通っています。ですから口内、それも頬の内側に瘀血ができたのです。脾と胃は表裏一体。どちらかを痛めればもう一つにも即座に反応が出ます。これが気の面白さ、そして難しさでもあります。


当然のことですが、40時間の絶食をしたので、口内の血豆(瘀血)はすっかり消えました。🤗

2017年1月11日 (水)

認知症予防には大股で速く歩く!

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


以前、私も『歩幅が狭いと認知症リスク増加』として、歩幅と認知症との関連について記事を紹介していますが、さらに良い記事『ボケたくなければ「大股で歩きなさい」』がでました。


秒速80cmの歩行速度が1つの基準だそうです。この速度では記事にもあるように、『青信号の間に横断歩道が渡りきれない』速度です。秒速80センチを下回ったら認知症を疑った方が良いのは確かでしょう。


記事に

歩行というのは単に足を前後させるだけでなく、腕や腹や背中を含めた全身の筋肉と、視覚・触覚・バランス感覚などあらゆるセンサーを稼働させる動作です。


それらはほとんど無意識のうちに行われますが、それを可能にしているのが脳の機能です。そこになんらかの異変が生じると、各部位への命令がうまく伝わらなくなってバランスが崩れ、歩幅や歩行速度に現れると考えられます。

とありますが、まさにその通りでして。こんなことを考えたことがある人なんて、ほとんどいないと思います。各関節、筋肉、そして脳からの指令とそれを伝える神経それら全てが『正常に』機能してこそ歩けるのです。今私はヘルニアで神経に異常が出ています。神経だけですが、それだけでもう普通に歩くことはできないのです。変形性膝関節症なら膝関節です。たった一箇所もしくは1つの機能に障害が起きただけで、今まで通りに歩くことはできなくなります。ということで、いま普通に何の苦労もなく歩いていることを、どれだけの人が感謝していますか?と声を大にして問いたい私です。


私は元気な患者さんには、横断歩道のあの色違いを一歩ずつで歩く歩幅で、と勧めています。結構な歩幅になります。この記事にも

特に「歩幅を大きく」は大切なポイントで、速く歩こうとすると体勢を安定させようと無意識に歩幅は小さくなりがちです。そこを意識して大きな歩幅にすることで少し負荷がかかり、脳の活動が活発になります

と書かれています。大きな歩幅にすることで脳への刺激になっているわけです。意識して大股で歩くだけで、認知症予防および軽度認知症ならば回復する可能性があると言うことです。神経障害や関節障害などの器質的疾患がなければ、もしくは多少の器質的疾患があったとしてもできる限り大きな歩幅で歩くことが認知症を防ぐ上では必要と言うことです。


大股で歩くと言うことは、同時に筋力を上げることにもなりますので、例えば変形性膝関節症であれば、多少痛くても大股で早足で歩くという『リハビリ』をしっかりすれば、自然と筋力が付いて痛みが消えます。こういうリハビリをやらずに、安易に整形外科での注射に逃げる人が本当に多いのです。(整形医もその方が儲かりますので、患者さんに注射をすぐに勧めますね。)その注射で変形性膝関節症がよくなることはまずありませんので。その注射がステロイド薬なら痛みと炎症が抑えられるだけ。ヒアルロン酸ならすこし痛みが和らぐ程度。どちらも医師には実によい収入になります。ですが患者さんにとっては、その費用対効果を考えるとほとんど効果は見られないのです。その注射によって必要な筋肉が付くことは決してないのですから。


注射で痛みが減れば歩けるじゃん!と実に単純に考える人が必ずいますが、痛みが減ったから今まで以上に歩いて筋トレをするという人はほとんどいません。痛みが出る前と同じ程度、もしくは全く運動をしないままです。痛いから人はそれを何とかしようとして動きます。痛みだけをマスキングして隠してしまっても、人はむしろ隠してしまったせいで動かないものです。人って、それぐらい怠惰の方向に、楽な方向に流れます。


単純なのですが、歩くというリハビリはお金もかからず、最初は痛いけど正しく行えばその結果は大きくなって返ってきます。たかが鍼灸師がまた嘘を書いているよと思う人もいるでしょうけど、本当のことですよ。真摯に患者のことを考えている整形医なら、安易に注射に走らず、筋トレを主としたリハビリを勧めるはずです。患者の金銭的負担を少なくし、それでいて最大限の治療効果をあげることができるのですから。『医は仁術』だったはずなのですが、近年では『医は算術』で金儲けしか考えていない輩ばかりになっています。これでは医療崩壊だと言われて久しい現在、当然の結果だとしか言えません。仁って何?という人たちは検索をかけてくださいな。人として当然のことなのですけどね。ましてや、病で苦しんでいる人に対処しようとする医療者なら、持っていなければならない必須条件のはずです。


記事には『歩行速度』も重要視しています。

速度の計測は、認知症の早期発見にも重要です。認知症を恐れるあまり医師の診断を受けるのが遅れてしまっては元も子もありません。認知症は早期段階(軽度認知障害MCI)であれば元通りに回復できる可能性があること、また進行を遅らせる手立てがあることも知っていただきたいと思います

小股でチョコチョコと歩いても速ければいいのか?ではないのです。できる限りの大股で、それでいて早足で歩く、が必要です。私が患者さんに勧めているのは、できたら分速100m。結構速いです、これ。ちょっと古い曲ですが、ピンクレディーの『ペッパー警部』のリズムで歩くとだいたいこのぐらいになります。


記事によると、ただとにかく歩けば良いというわけではありません。条件があります。

(1)少なくとも週90分以上(1日15分以上)
(2)歩幅を大きく早足で
(3)「ややきつい」と感じるくらいの強度で

先にも書きましたが、正しく歩くだけで認知症を防げるのです。こんな簡単なことがありますか?高価な、それでいて本当に効果があるかどうか分からないサプリを買ったり注射をするより、ずっと安価で(正しく行っていれば)正当な見返りが得られるのです。

2017年1月10日 (火)

この市長さんの言動は正しいとしか思えません

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


もう、この市長さんに私個人は喝采を送りたいです。私だけじゃなく、いま会社などでゆとり世代の部下を持つ人たちも、全く同感なのではないでしょうか?


新成人に「態度なってない」 式辞で市長声荒らげ 兵庫・明石
神戸新聞NEXT 1/9(月) 20:57配信

 兵庫県明石市の泉房穂市長は9日、同市成人式の式辞で「ざわついていて、みなさんの態度はなっていない。式典に多大な税金を使っているが、来年以降の取りやめを考えたくなる」と声を荒らげた。関係者や新成人からは、前触れなく怒鳴るような言い方をしたことに批判が出ている。

 ある市議は「静かにしなさいと注意せず、頭ごなしで行き過ぎ」とし、新成人は「大人げなく、見習いたい態度でなかった」と話した。

 一方で泉市長はお祝いの言葉を贈り「厳しい時代だが、それぞれ強く生き、明石を大切にしてもらいたい」とも話した。(藤井伸哉)


記事にありますが、『前触れなく怒鳴るような言い方をした』ことに批判が出ているようですが、壇上に人が立っているのにざわついていたのは失礼に当たらないのか?と問いたい。前触れ?そんなもの、壇上に人が立った時点が前触れでしょうが。いちいち「静かにしなさい」と注意しなければ、壇上に人が立っていることも気がつかないガキどもの方がおかしいと思うのですけどね。そう思うのは私が古い人間だからでしょうか?


20歳ならあるものはもう就職しているでしょう。会社なので上司が前に立っても知らん顔して私語をしているの?それをしていてもなんら注意を受けないとでも?


目の前にお客さんが座っても、素知らぬ顔して自分のしたいことをしていて、それが通じるとでも?壇上に人が立つと言うことは、これらの例と全く同じ事ですよ。それが分からないのなら、この市長さんが言われるとおり、来年から成人式なんて言う下らないことは止めてしまえばいいと思います。そういう礼儀が分からないバカどもは、ガキンチョですので。成人などとは到底言えません。


この記事に書かれている新成人と呼ばれるガキンチョども、なぜ怒鳴られたのか?と言うことに考えがおよばず、単にいきなり怒鳴られた、と言うことしか感じていないのです。これって、想像力の欠如ですよね〜。いきなり怒鳴られたのなら、何か自分が間違ったことをしていたのでは?と考えないのか?とにかく自分は正しいとしか思っていないのでしょう。自分が正しく間違っていないので、何かあったときには相手が悪いという理論でしょう。おっそろしい考えです。これはもう、不寛容そのものの考え方ですし、この不寛容が日本全体を覆っているのも事実です。


私も似たようなケースに遭遇していることを思い出しました。卒論のために全学生にアンケートを採ったときのことを。1回生の実習冒頭にアンケートを配りましたが、この市長さんの時と全く同じ、壇上に私が立っていても私語を止めない。実習室は学生にとっては将来の診察室と全く同じです。壇上に人が立つと言うことは、診察室に患者さんが来られたのと全く同意義なのです。それに気がつかず、私語を止めないというのは、患者さんを無視しているのと同義。はい、当然私も怒鳴りましたよ。そうしたら、あとから回収したアンケートに全くこの記事と同じようなことが書かれていました。『いきなり怒鳴られたからアンケート回答しません』と。正直、こんなバカどもが今から鍼灸師として、医療者として患者さんの前に立つのかと思うと背筋が凍り付きましたわ。私の書いていることが分からなければ、想像してみるといいですよ。あなたが患者として医療者の前に来ても、全く気にせず相手にせず、自分のやりたいことをしている医療者だったらどう思います?そんなバカで礼儀知らずな輩に自分の体を診てもらいたいと思いますか?


この神戸市長、言われたこともされたことも大人として立派です。そのことを理解できない新成人と呼ばれるガキンチョどもの方がおかしい。大人げない?20歳にもなって相手への礼儀も身についていないガキの方がよっぽど大人げないですわ!それとも、再度書きますが私が古い人間だからこんな考えを持つのでしょうか?どちらが礼儀正しいのでしょう?どちらが他者に対して礼を尽くしているのですか?この市長さん、この馬鹿ガキどものために叱ってくれているんですよ。そのままでは社会に出るには、大人になるには問題点が多いよと言うことを叱って教えてくれているのです。そのことが理解できないほど頭空っぽのガキども。(と同時に、バカなガキどもに迎合するような発言をしたある市議もどうよ?と思えて仕方がないですけど。)どうして成人なんて言えます?


文科省の役人どもがバカすぎ故に行ったゆとり教育。その害悪が10年以上経ってこうして出てきているんです。今になって文科省もゆとり教育は間違っていたと認めていますが、この害悪教育によって育てられた人間が今からの社会を担っていくことになるのです。いったい今からの日本はどうなるのか?再度背筋が凍り付きます。


自分がされたら非常に嫌なことを平気で他人にするのが、いまのゆとり世代と言っても過言じゃないでしょう。いや、ゆとり世代だけじゃなく、あらゆる世代の自分勝手な輩ども全てです。嫌なことを自分がされたら他人を殺すところまでいくアホどもが多すぎです。なぜ、自分がされたらうれしい事を他人にせず、自分がされたら嫌なことを他者に平気でする社会になってしまったのでしょうね?恥の文化と日本文化は言われていますが、恥を知ることをできないバカどもばかり増えてしまい、まともな恥を知る人たちがごく少数になってしまったとしか思えません。

2017年1月 6日 (金)

うさぎ追いし 山極勝三郎物語を見てきました

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『うさぎ追いし 山極勝三郎物語』を見てきました。個人的ランクB。公式ホームページはこちら


医療者なら、研究者なら必見です!!!特に研究者!この映画を見ておけと強烈に勧めます。それぐらい良い作品なのですよ、これは。


公式ホームページにもありますが、『名声より、わが命よりも大事なもの』。山極先生を駆り立てたのはこれにつきます。だから素晴らしいのですよ。今の研究者はどうですか?万人のため、多くの人を救うためという信念の元に研究をしていますか?そして企業や大学にも問題があるのです。そういう熱意を持って研究をしている研究者をサポートしない。基礎研究です。基礎研究には金と時間がどうしてもかかります。非常に残念なことに、今の大学や企業、何より国もすぐに結果が出ないと支援を打ち切ります。基礎研究はそんな単純なものじゃないんですって。10年、20年とかざらです。なぜその事が分からない?なぜ短期的な視点でしかものを見られない?そんなんだから、日本の科学界は駄目なんですよ。近年、日本の科学者がノーベル賞を受賞していますが、彼らは基礎研究を長年続けたからこそです。いや、基礎研究を続けられる時代に研究ができたからだったと言えます。その結果が20年とか経ってから世界で認められてノーベル賞受賞者となっているのです。今はどうですか?違いますよ。基礎研究をかなり蔑ろにされるのです。今後は日本人のノーベル賞受賞者はほとんどいなくなるのではないか?と思えて仕方がありません。


私もアメリカで、がんの人工発生を世界で初めて作り出し、確認したのは日本人だと学びました。ですが、記憶が定かではないですが、山極先生の名前を聞いた覚えがないのです。日本人だったとしか記憶していません。でも、それでもこんな偉業を成し遂げたのが日本人であり、その当人はノーベル賞などなんら気にかけることもなく、とにかく万人のためにという思いしかなかったと言うこと。こういう人こそ本当の研究者であったと心底思います。肩書きや賞を望むような人間は研究者として失格だと思います。(ま、肩書きや賞をモチベーションとするのもいいでしょうけど。)


見ていて思いましたが、当時のノーベル賞選考委員達は、日本人には、東洋人にはノーベル賞を与えたくないという思いがあったに違いないと思えて仕方がなかったです。東洋人は劣等人種という思いがあったとしか。時代がそういう時代であり、西洋人達もそういう人種差別主義者達がほとんどだったと言うことでしょう。ですが、研究者同士はそうではなかったと分かります。国境や人種を越えて、真摯な研究者同士はそんな下らないことを歯牙にもかけなかったわけです。


山極先生の長女、時代が許したのなら素晴らしい女医になっていただろうなぁと。あの時代は女は嫁いで夫に尽くすものだという考えを押しつける時代だった故、彼女も夢を諦めざるを得なかったこと。それがどれほど悲しいことだったか、想像するだけで胸が痛んで仕方がありません。


私も研究者であった時期がありますので、この映画を見て感情移入が半端なかったです。私自身は研究者としてはやっていけない(他者を蹴り落として平気とか、他の研究員の足を引っ張ることを良しとするとか。それこそ、あの小保方さんの件を思い出せばよく分かるはずです。ある研究者とも言いたくない人物は、平気でそれらをしていた輩としか思えません)、それよりも患者さんと一緒になって喜べる臨床者の方を選びましたが、一度でも研究者という立場を経験しているだけに、山極先生と助手を務めた市川先生に心底共感しました。


主役を務めた遠藤憲一さん。素晴らしい演技です。で・す・が、遠藤さんの学生服姿は笑っちゃいましたよ〜。これだけはちょっと無理がありすぎます。ある意味、遠藤さんの学生服姿を見るためだけに価値があるかも?


学会で、自分は何もしていないくせに難癖付ける輩がいるのはどうしようもないですわ。見ていて非常に気分が悪くなります。でもそういう難癖付ける輩がいるのは仕方がないのです。こういう輩に限って、あとで手のひらを返したかのように近づいてきたり、嫉んできたりします。全く、どうしようもなく腐った人間が研究者の中にもいると言うことです。そしてこういう輩がえてして教授とかになっているのが現実です。だから日本の研究者は駄目なのかもしれません。こういう人格的に荒んだ人間が教授になる。そしてそういう輩が指導する。類は友を呼ぶですので、おかしな後輩ばかり集まる。そういう輩ばかりだから、不正をして平気、と。まさに、悪影響と悪意の連鎖です。


山極先生の奥さん、こんな素晴らしい女性を妻に迎えられたら、それだけで人生勝ったようなものです。結婚で大失敗している私ですので、余計にそう思えて仕方がありませんでしたわ〜。こんな女性、今の日本に残っているのか?とも思えちゃいましたけどね。医師として病に苦しむ患者を診ることも、研究者としてがんの発生機序を解明することも、両者とも苦しむ患者を救うという意味では同じだと理解したこの奥さんの凄さ。浅はかな女性なら、短期的な視点でしかものを見られないでしょう。つまり、臨床医になって金を稼げ、となっていたことでしょうね。夫の勤勉さと将来性、熱意をしっかり理解して陰から支えた女性です。男はほんと、こういう女性と一緒になれたら『幸せ』としか言いようがないです。


山極先生、絶対にぶれないんですよね、彼の信念が。研究者には、そして臨床者でも必須なことです。ぶれないこと。信念を変えないこと。もとよりこういった信念を持っていないものは、研究者にも医療者にもなってはいけないと思います。人から笑われようが、自分がどれほど苦しもうが、信念を持って突き進むべし。私も今の生き方が間違っていないと言うことを、この映画から教えてもらえて心から感謝です。


過去、日本人初のノーベル賞受賞していてもおかしくなかった人がいたこと。彼の研究が今の癌研究に与えたとてつもない影響。信念を持って、命をかけて研究に邁進した二人の人間がいたと言うこと。それらを知らない人はもちろんのこと、知っている人でも、あの二人のなしたことを再確認するためにもこの映画はお薦めです。


基礎研究は本当に地味です。そして経費はかかるだけでなかなか結果が出ません。ですが、それでも基礎研究は必須なのです。このことを企業は当然のことながら、大学も、なにより国(文科省などなど)が再度認識して欲しいですわ。基礎なくして応用はあり得ません

2017年1月 5日 (木)

こころに剣士をを見てきました。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『こころに剣士を』を見てきました。個人的ランクB+。公式ホームページはこちら


実話を元にした映画です。これもまたよかったです!う〜ん、正月早々いい映画を見られて気分がとってもいいです。


アメリカにいたとき、大学でフェンシングの講義をとっていたので、なおさらこの作品を楽しめました。


知らなかったのですが、当時からすでに電気剣を使っていたのですね。大学ではそんなものなく、騎士道精神に則って先に刺されたと思った方が「負けました」と言いましたから。まぁ、アメリカ人の大学生です。中にはこちらが東洋人だから弱いと勝手に思い込んでいる馬鹿者もいましたけど。それでも中には、非常に精神的に素晴らしいアメリカ人もいました。彼との練習と試合は楽しかったです。


エストニアというドイツとソ連に支配され振り回された国で、肉親を強制労働にとられた子供たちがフェンシングを通してだんだん元気になるのが素晴らしいです。親たちも、やっぱり子供たちが元気になるのが嬉しいのですよ。親の願いはそれだけですから。子供が元気で笑っていること。子供が暗い顔をしているほど悲しいことはないのです。


ソ連のスターリング政権下は密告と強権で成り立っていたと分かります。これって、日本の戦中の特高や今の公安と全く同じです。ソ連は社会主義国でした。そして日本もそうだったんですよ。民主主義という皮を被った社会主義国だったんですよ。そして今もそのままだと思えて仕方がありません。権力をとるためにはどんなことでもするし、一度手に入れた権力は決して手放さない。そしてその権力を使って弱者からさらに搾取する。いまの自民党政権がこれです。ナチズムでもあり社会主義でもあるという、非常に悪い政権ですわ。この映画でも学校の校長が自分に意見した老人を、そして主人公を秘密警察に密告します。もうね、そのくせこの校長は「しなくてはいけないことをしただけだ」と言い放つのです。当時、こういう自己保身のためなら他者がどうなろうが知ったことではない人間が山ほどいたんでしょうね。あぁ、やっぱり今の自民党政権が、官僚も地方議員も同じ穴の狢だと思えて仕方がないです。


フェンシングは日本ではマイナーなスポーツだと思います。この映画でどういうスポーツなのかを学ぶのもいいです。面白いスポーツですよ。そして剣術ですから、日本の剣道と同じく「間合い」が一番大切だとこの映画で学べます。この間合い。人と人の関係でも一番大切なことだと思います。現在、この間合いが分からない人が多いようですね〜。ストーカー、パワハラをする上司などなど。


原題は"The Fencer"です。単純に「剣士」としてもよかったかもしれませんが、この邦題はこの映画の心をしっかり表しています。『こころに剣士を』。すばらしい邦題ですわ。逃げるな、自分に嘘をつくな、諦めるな。心に剣を持ち、剣士として生きることが人として大切なのだと言うことです。も、前に書いた「ドント・ブリーズ」の様な信じられない邦題をつけた輩、『こころに剣士を』という邦題を付けた人に、邦題を付けるときにはどう考えるべきかと教えてもらえといいたいです。


この映画も実に素晴らしいです!これも多くの人に見てもらいたいですね〜。逃げないこと、諦めないこと。あなたも心に剣を持ち、剣士として正々堂々と生きていますか?と問われます。

2017年1月 4日 (水)

幸せなひとりぼっちを見てきました。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


『幸せなひとりぼっち』を見てきました。個人的ランクA。今年初の映画が想像を超えてよかったので。公式ホームページはこちら


スウェーデンの映画です。これが本当に素晴らしい!騙されたと思って観に行ってください。色々示唆に富んだ映画ですから。


偏屈な老人がなぜ偏屈な行為を繰り返すのか、なぜ偏屈になってしまったのか、ストーリーをたどっていくほどにだんだん分かってきます。このストーリー展開もまた秀逸です。


うるさくて面倒だと思っていた隣人たちによって、その頑なな心が解きほぐされていく様子が、もの凄く繊細かつ美しく描かれているのです。日本でも今問題になっている老害ですが、これもまた『孤立』していることがその原因のひとつです。特に男は、退職後に孤立しやすいのです。コミュニケーション能力が低いことがその最大原因だと私は思います。この映画を見て思いますね。人は人によって癒やされるのだ、と。日本の高齢者達も、もっと子供たちと交流すべきなのです。それこそ、老人ホームと保育園を併設すればいいと心底思いますね。子供たちは高齢者から学ぶことができますし、高齢者達は子供たちと接することで元気をもらえます。お互いにとってとてもいい影響を与えるのです。日本はなぜこういう事ができないのか、理解に苦しみます。行政の縦割り構造が問題なのでしょう。いつまで経っても前時代的な縦割り行政。官僚どもの無能ぶりがよく分かります。認知症の改善や予防にもなるのです。また、老害を防ぐ事にもなります。子供たちにとっては、親が教えてくれない知恵を学べます。高齢者達は子供たちから『必要とされる』ことで『生きがい』がうまれます。生きがいを持っている人が惚けると思いますか?他者にわがままを押しつけるような老害になると思いますか?


霊的な話になりますが、主人公の老人があることを何度も実行しようとしますが、そのたびに失敗します。ロープが切れたり、突然人がたずねてきたり、猫が来たり。coldsweats01cat必ず邪魔が入るのです。こういうことが映画の中だけで、実際には起こるわけないと思います?実はそうでもないんですよ。霊界からの介入は頻繁に起こります。まだ現世でしなくてはいけないこと、すべきことが残っている間には。また、その本来の寿命を遂げずに短縮させてはいけません。来るべき時が来るときまで生き続けなければいけないのです。


ストーリーが進みながら、いつしかこの主人公にどんどん感情移入していきます。それはもう、自然とそうなりますよ。だからストーリー展開が秀逸と書いたのです。そうそう、冒頭から出てくる猫。この猫がいい味出すんですよ〜。


終盤、隣人の奥さんが出産した赤ちゃんを抱く主人公。このシーンはもう涙が出て止まりませんでした。理由ですか?是非映画を見てください。そうすればなぜ私が涙が止まらなかったのか、その理由が分かります。そして、主人公が(過去に)作ったゆりかごにそっと赤ちゃんを寝かせますが、もう号泣でした。


最後のシーンも泣けて泣けて。人は、旅立つときにその人がどれほど周りの人たちに理解されていたのか、必要とされていたのか、それが分かる場面です。さて、偏屈で変人でうるさいと思われていたこの主人公。本当はどう思われていたのか。これも劇場で確認されてください。


非常にいい映画です。こんないい映画がなぜもっと大きな劇場で上映されないのか?本当に不思議でなりません。名古屋では名演小劇場で上映中です。ぜひ、多くの人に見に行って欲しい映画です!霊的なことが分かる人なら、この映画は必見です!『おみおくりの作法』と同じぐらい霊的示唆にも富んでいる映画ですから。

2017年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます。

ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。


あけましておめでとうございます。旧年は大変お世話になりました。


今年もまた、色々つまらないことをペソペソと書いていきたいと思います。皆さんにおかれましても、体調を崩さないようにお願い致します。

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